「あっしは兄貴の為なら命だって捨てられるでがすよ。」
まるで口癖のようにヤンガスは繰り返し僕にそう言った。
「おっと、もう兄貴ってのも呼ぶのもアレでがすね。んじゃあ…姉御とでも呼びやしょうか?」
照れたように笑うヤンガス。笑った顔さえも決して『イイ人』には見えないが、僕は彼のそんな不器用な笑顔が大好きだ。
「姉御ってのもなんだかくすぐったいな…。まぁいいよ。ヤンガスの好きな呼び方で。」
「んじゃエイトの姉御と今後は呼ばせて頂くでがすよ。へっへっへ。」
ヤンガスの笑い声が響いた後、部屋は沈黙に包まれた。
僕は黙ってベッドに腰掛けたままトーポの背中を撫でていた。
しばらく部屋にはパチパチと暖炉のまきの燃える音だけが響いていたが
沈黙に耐えかねたヤンガスが先に口を開いた。
「…姉御…あっしに本当のこと話してくれてありがとうでげすよ。」
僕は首を横に振る。
「こっちこそ…今まで騙しててゴメン。」
「姉御が謝る必要は無いでがすよ。何か姉御なりに事情があったんでげしょ?」
「…ん…。」
口を噤んでしまった僕にヤンガスが慌てた。
「あー!言わなくていいでげすよ!!あっしは人の秘密を暴くようなデリカシーのないことはしないでがす。」
「…ゴメンな、今はまだ言えないんだ…。」
また、しばしの沈黙が流れる。
今度は 沈黙を先に破ったのは僕の方だった。
「……本当は僕が女だって事も…最後まで黙ってるつもりだった。
…でも、ラプソーンとの決戦を目の前にして、どうしても黙ってられなかった。
ヤンガスには本当のことを…僕の本当の姿を知ってもらって欲しかったんだ…。」
「……姉御……」
ふと、横を見るとヤンガスの目にはいっぱいの涙が溜まっていた。
「姉御!姉御が女だって聞いたときには確かに天地もひっくり返るような衝撃を受けたでがす!
でも、姉御が男でも女でもあっしの気持ちは変わりやせん!!あっしは一生エイトの姉御についていくでがす!!
あっしは姉御のためなら命だって捨てられるでがす!!!」
ヤンガスは大粒の涙と鼻水を垂らしながら僕の手を取ってブンブンと振った。
「姉御…辛かったでげしょうね、今まで女だって事をひた隠しにして来て…。あっしは姉御の苦労と
そんな重大なことを告白してくれた心意気を思うと、悲しいやら嬉しいやらなんだかよく分からなくて涙が止まらないでげすよ!」
ヤンガスはついにおいおいと声をあげて泣き出した。
「泣くなよ、ヤンガス。そんなおっきい声で泣いたら隣の部屋のククールとゼシカが起きちゃうだろ。」
「す、すいませんでがす!」
僕はヤンガスの口元にし−っ、と人差し指を立てた。
「ククール達にはまだ内緒にしておきたいんだ。いつかは話す日が来るだろうけど…今は僕とヤンガスだけの秘密だよ。」
軽くウィンクしてみせる僕に、ヤンガスが頬を赤らめた。
「…わ、わかったでげす。男ヤンガス、命を懸けて誓うでやんすよ!!」
鼻息を荒くし自分の胸をドンと拳で叩いたヤンガスに僕は笑顔を向ける。
「さんきゅ、ヤンガス。これからも頼りにしてるよ。」
僕は腰掛けていたベッドから立ち上がると伸びをして部屋の出口へ向かった。
「すっかり遅くなっちゃったね。明日はラプソ−ンとの決戦だっていうのに寝不足になったら大変だ。
僕ももう寝るよ。遅くまで付き合わせちゃってゴメンね。」
「いや、あっしは大丈夫でがすよ。姉御こそゆっくり休んで下せえ。お休みなさいでがす。」
僕は部屋の出口の前まで行くとクルリと振り返り手招きをしてヤンガスを呼んだ。
「?なんでげす?」
短い足でドスドスと小走りし僕の前で止まったヤンガスの頬に
…僕は素早くキスをした。
「…っっっ!!!???なっっ????」
「おやすみ、ヤンガス。」
目をまん丸くして腰を抜かしそうなほど驚いてるヤンガスを尻目に僕は部屋を出てドアを閉めた。
我ながら大胆なことをしたもんだ。胸がドキドキしてる。
−でも、もうこれで心残りはない。明日は心おきなくラプソーンとの戦いに挑めそうだ。
僕は軽くなった足取りで自分の部屋へ向かった。