ヤンガスがいなくなった。
前夜はサザンビークの城下町で宿を取り、それぞれ部屋に入って休んだのだが、
翌朝になるとヤンガスの姿が消えていた。
彼が使用していた部屋のベッドには、ヤンガスらしい荒々しい文字で
夕方には戻る旨が書かれているしわくちゃな紙があるだけだった。
すぐさま宿屋を飛び出したエイトに続き、ゼシカとククールも町に出て探し回ったが、
ヤンガスのあの丸っこいシルエットは何処にも見当たらなかった。
落胆してちょっぴり涙すら浮かべているエイトを、ゼシカが気遣って背中を撫でた。
「大丈夫よ、誘拐された訳じゃないんだから。あたしみたいに、
何かに取り憑かれて出て行った訳でもないしね」
「そうだぜ。それに夕方には戻るって書いてあったじゃねえか。
町にいないならこれ以上探し様もないし、とりあえず夕方まで待ってみようぜ」
ククールにしては珍しく慰めの言葉をかけてしまう程、エイトの落ち込み様は尋常ではなかった。
ゼシカとククールが互いに顔を見合わせて、そんなエイトの様子に首を傾げていると、
俯いて唇を噛んでいたエイトがぽつりと呟いた。
「………ゲルダの所に行ったのかな…」
思いもよらない言葉に、ゼシカは驚愕の声を上げた。
「まさか! なんでヤンガスがわざわざ1人で会いになんて…」
とてもそうは思えなかったが、だがエイトがそう勘ぐってしまう事は、最近のエイトの様子からは納得がいった。
ヤンガスが昔ゲルダに惚れていた事、ゲルダは今でもヤンガスを想っているらしい事。
それらが窺い知れた時の、あのエイトの表情…。
とても強敵相手に勇ましく戦ういつもの姿からは想像もつかない程、頼りなげで儚げな顔をしていた。
まして、昔の約束を果たしゲルダに「ビーナスの涙」を手渡すヤンガスを見つめる姿は、
何だか今にも崩れ落ちそうだった事を、ゼシカは鮮明に覚えていた。
「とにかく、ククールの言う通り今は待ちましょうよ。ね?」
ゼシカは俯くエイトを宥めながら、宿屋へと背を押した。
驚くほど大きなアルゴンハートを抱えた傷だらけのヤンガスが戻ったのは、
丁度夕刻の頃だった。
門を入って来たヤンガスを、宿屋の窓から目ざとく見つけたのはエイトだった。
夕日に照らされ一層赤く光るアルゴンハートは、
遠目にはベホマスライムを抱えてる様に見える程大きかった。
宿屋から飛び出し駆け寄るエイトに、ヤンガスは傷付いた顔を綻ばせてアルゴンハートを差し出した。
「え、何…?」
エイトは足を止めて、差し出された物に首を傾げた。
「いえね、今朝ほどサザンビークの王様に頼んで、アルゴリザートを狩らせてもらったでがすよ。
とにかく馬鹿でかい奴を探してたのと、ちょいと手こずっちまったのとでこんな時間になっちまったでげすが」
ヤンガスの言葉を聞きながらも、エイトは訳が分からないといった顔をしていた。
「アッシは、自力で手に入れられる最高の宝石を、兄貴にプレゼントしたかったでがすよ。
だから、世界で一番大きいアルゴリザートじゃなきゃ倒しても意味がなかったでがす」
ヤンガスはスッと、手にした宝石をかざしてみせた。
「ほら、見てくだせぇ。いつか兄貴とアッシ等で手に入れたのよりも、チャゴス王子が買ったのよりも、
ずっとずっと大きくて…。ビーナスの涙よりも、ずっとずっと綺麗な宝石でげす」
はっとするエイトに、ヤンガスはアルゴンハートを手渡した。
満足そうににこにこと無邪気に笑うヤンガスを見て、エイトは全てを見透かされていた事に気付き、
嬉しさと気恥ずかしさとで頬を染めた。
そんな2人の様子を宿屋2階の窓から眺めていたゼシカとククールは、
顔を見合わせて笑うと静かに窓辺から離れていった。