それは小さなメダル99枚のご褒美だった。
メダル王女のくれたあぶないビスチェ。妖しい名前の通り淫靡な雰囲気漂う、それでいて守備力1という役立たずの防具。特殊効果も無し。
強いて言えば、旅に疲れた戦士達の心癒す効果があるとでも言っておこうか。
ただし癒されるのは『男』限定。
「ええのぉええのぉ。こりゃ戦闘中に敵も見とれると言うもんじゃわい。」
こんな風にね。

豊満なバスト、くびれたウエスト、プリプリのお尻にかもしかの様な脚。
そのナイスバディをお色気たっぷりのハードかつキュートな下着に包んだゼシカが僕らの目の前でクルクル回ってる。
「どう?似合う?」
そう言ってウインクを飛ばすゼシカは、女の僕から見てもたまらなく可愛い。
「この装備をここまで着こなせる奴はそうそういないぜ。さすがゼシカ、俺のハニーだ。」
ククールが嬉しそうに褒め称える。
「ええのぉええのぉ。」
トロデ王の鼻の下は伸びっぱなしだ。
ここで普通の女の子なら、彼女のナイスバディやお色気を羨んだり妬んだりするのかもしれないが
幼い頃から男として育ってきた僕には特にそんな感情は芽生えない。
彼女の魅力を僕も素直に賞賛するとしよう。
「可愛いね、ゼシカ。よく似合ってるよ。」
僕の言葉にゼシカが嬉しそ〜うに微笑んだ。素直な笑顔が可愛い。ゼシカは本当に魅力的だなぁ。
こんな仲間を持って僕は幸せに思うよ。

「まったくでげす。ゼシカの姉ちゃんのお色気は天下一品でがすな。」
…………………………………………………………………………………。
……ヤンガスの発した言葉に、僕の口元が微妙に引きつる。
いやいや、ヤンガスだって男だし、目の前にこんな魅力的な女性がいたら誉め言葉の一つも出るのが普通ってモンだろ。ましてやゼシカは仲間なんだし。うん。
「魔物が見とれるだけじゃなく、あっしら男共のテンションも上がっちまうってもんですぜ、こりゃ。」
………………………………………………………………………………………………………………。
…おちつけ、僕。妬きもちなんてみっともないぞ。おちつけおちつけ。
「本当じゃの。味方の士気も高まってこりゃ最高の防具だわい!」
「防御力が1ってのが難点だけど、まぁ戦闘中は俺が盾になって守ってやるよ。」
「そりゃいいでがすな、げーすげすげす。」
「うはっほっへっはは」
僕はみんなに相づちを打って笑おうとしたが、口元が引きつりすぎて上手く笑えず
不気味な笑い声を漏らしてしまった。
「…どうした、エイト。変な声出して。」
「なんでもない。ちょっとむせただけ。水飲んでくる。」
僕はそそくさと一人井戸に向かった。


バゴォッ!
井戸の横にあった樽を僕は地面に投げつけ破壊した。
うーん、なんで僕はこんなにイライラしてるんだ?
嫉妬してるのか?誰に?ゼシカに?ボンキュッボンに?
なりたいのか?ないすばでぇに?僕もあぶないビスチェが着たいのか?んな馬鹿な。
「…なんだよぉもお…」
僕は空を仰ぎながら壁にもたれかかった。上を向いていないと涙がこぼれ落ちそうだったから。
あぁあこんな気持ち初めてだよ。
ゼシカのことは好きだ。可愛いと思う。彼女に嫉妬はしてないと思う。
男としてここにいる自分を悲観してるわけでもない。
鼻の下を伸ばした男共を蔑んでる訳でもない。
僕は僕でいいじゃないか。イライラしたってどうしようもない。
…………〜っでも!!
バゴォッ!!
僕は二個目の樽を威勢良く割った。
「何やってるんでげす?」
「うわっ!ヤンガスいつの間に!」
ふいに掛けられた声に僕は飛び上がって驚いた。
「兄貴がなかなか戻ってこないから心配して見に来たでげすよ。具合でも悪いんですかい?」
「具合悪い奴が樽なんか投げるか。」
心配してくれたヤンガスの言葉に、つい棘のあるツッコミを返してしまった。
「じゃあ何してたんでげすか?」
僕は言葉に詰まった。だって別に何もしてない。一人でフラストレーションを持て余してただけだ。
「いいだろ、別に。たまには一人になりたいときだってあるんだ。」
またもや棘のある返事をしてしまった。あー僕ってイヤな奴。
「そうでがすか。兄貴はあっしと違ってなかなか繊細な所があるでげすからね。こりゃ邪魔して悪かったでげす。」
ヤンガスは頭をかきながら申し訳なさそうに言った。
僕が冷たい言葉を連発したせいか、ヤンガスは心なしションボリしてるようにみえた。
罪悪感で一気に胸が締め付けられる。
「…ごめん…キツイ言い方して。せっかく心配してくれたのにね。悪かった。」
ヤンガスはちょっと驚いたような顔をして僕を見ると、今度は辺りをキョロキョロ見回した。
そして誰もいない事を確認すると小声で
「姉御。」
と僕を呼んだ。
ふいに呼ばれたその響きに僕はドキッとする。
「もし何か悩みでもあるんなら、あっしで良ければ話しを聞くでげすよ。どんな出来たお人だって
生きてる限り悩みや腹の立つことがあって当然でげす。
…姉御はいい人過ぎて、ストレスをコッソリ溜め込んでないかあっしは心配でげすよ。
たまにはパーッと解消してくだせえ。あっしなんぞで良ければ聞き役にもなるし、なんなら
樽の変わりに八つ当たりしてくれたって構わないでがす。」
……ヤンガスは優しい。真摯な瞳で僕を見つめながらこんな優しい言葉をかけられたら
イライラした気持ちなんかどこかに吹き飛んでしまうよ。
こんな優しいヤンガスに、どうして僕は冷たくしたりしたんだろう。
「…お言葉に甘えてもいい?」
「もちろんでがすよ!どうぞどうぞでげ…す…?」
僕は中腰になってヤンガスの胸に顔をうずめた。
「あ、あ、姉御?」
「樽の変わりに胸貸せ。」
「た、た、た、樽に胸はないでがすよ…」
ヤンガスは手をパタパタさせて焦っていたが、僕が泣いてることに気付くとスッと大人しくなった。
「姉御…。」
「……ヤンガス…僕は…
僕はね…みんなの事が好きなんだ。ゼシカもククールもトロデ王もミーティア姫も…君のことも。」
僕は一回しゃくりあげた。ヤンガスの胸に僕の涙が染みる。冷たくないかな。
「みんなをとっても大事に思ってるんだ…本当に…………なのに、なんだか最近の僕は変だ。
ささいな事が気になったりイライラしたりする。自分で自分が自己中なイヤな奴に思えてしょうがないんだ。」
ヤンガスは僕の肩に軽く手を添えた。
「そんな事ねえでがすよ。姉御は気を使いすぎるぐらいみんなに気を使ってるでやんす。」
僕はヤンガスの胸の中で首をモゾモゾと横に振る。
「違う。そうやって取り繕ってるだけだ。本当はいつだって………」
ヤンガスを独り占めしたいと思ってる。
でも、その言葉は言えない。そんな我が儘さらけ出したらきっとパーティーはギクシャクしてしまう。
僕はみんなの前では『男』なんだから。
それにヤンガスだって…尊敬する兄貴がそんな事言い出したらきっと困ってしまうよ。
僕はただ黙って唇を噛みしめる。
好きなんだよ、ヤンガス。僕だけを見てよ。僕を兄貴じゃなく一人の女として見てよ。抱きしめてよ、その逞しい腕で。
生まれて初めての身を焦がす熱い想い。僕の手には負えないで持て余してしまう。
どうすればいい?どうしたらいい?
言葉に出来ない溢れる想いが涙になってポロポロとこぼれていく。
ヤンガスはただ黙って僕を泣かせてくれた。



…いつのまにやら、西の空は赤を通り越して紫に染まり空にはお月様が登ろうとしていた。
僕はと言うと…泣き疲れていつの間にやらヤンガスにもたれかかった体勢のまま眠ってしまっていた。
まるで駄々をこねた後の子供だ。みっともないったらありゃしない。
目が覚めた後、僕は自分の醜態を恥じて、また自己嫌悪に陥るのだった。
−…だって
ヤンガスが僕の寝顔を見ながら
「こんな無防備な寝顔見せられたら、あっしのハートはスーパーハイテンションになっちまうでげすよ…」
なんて呟いたのを、このときの僕はまるで知る由もないから。


おしまい。