「あと必要なのは何でがすか?」
「タオルと石鹸は買ったから…あとは保存食に、研ぎ石」
「ああ、そういやぁぼろぼろになってたでがすね」
「砂漠を越えるみたいだからね。武器の手入れが追いつかなくなったら大変だ」
「そういや包丁もそろそろガタがきてたでがす」
「うん、でもあんまり無駄遣いはできないから…しばらくは剣で代用かな」
パルミドの気温は意外に高くない。砂っぽいのが難点だが、乾いた風が通るし、雑然とした街並みにはふんだんに日陰がある。
エイトとヤンガスは少し急ぎ足で買出しをしていた。
普段は全員で装備を整えがてら移動するのだが、
「この街にいると身体がかゆくなるんだよ」
「歩き疲れちゃったから、今日はちょっとパスね」
「姫を置いて街中を歩けるわけがなかろう。ああ、酒を忘れるでないぞ」
…と、いうことらしい。
土を塗り固めた淡い褐色の建物の上から雲のない空がのぞく。まるで生きている遺跡のような活気。
下手な飾りのない色合いが二人の背中に妙に馴染んでいる。
「ああ兄貴、一応懐に気をつけてくだせぇ。元気なスリは昼間っから活動してるでがす」
「うん、大丈夫。お財布はトーポに見張らせてるから」
「ネズ公ごと持ってかれちゃたまらんでがすよ。スリは姑息に大胆にが鉄則。あっしはもう足を洗ったでがすが」
実際、大きな袋を抱えて歩くエイトはいかにも狙われそうな見た目をしている。
ちょっと、いやかなり心配なのだが、兄貴から財布を預かるわけにもいかない。
ヤンガスは知り合いのスリが寄ってこないか注意深く監視する。
そんな彼の視線が功を奏したのか、怪しげな人影に近寄られることもなく無事に買い物は終了した。
休憩してから戻ろうか、と階段に腰掛け、露店で買った果物をほおばる。
乾燥した街には欠かせない、みずみずしい匂いが広がる。
「しかし、今回は難儀でがしたねぇ。馬姫はさらわれるわ売られるわで」
「そうだね、こういうのって全然考えてなかったから、びっくりした」
「これさえなけりゃいい街なんでがすよパルミドは。気に入るかいらないか分かれるでがすが」
「ククールなんかは嫌いみたいだね。砂で服が汚れるのがいやなんだって」
「あいつもいつまでもお高くとまってないでそろそろ砕けてもいいころなんでがすがねぇ」
ぺろり、とエイトが果汁のついた指を舐める。色素がついてしまったのか、指先がほのかに赤い。
よく見ると頬にも少しだけ赤が飛んでいる。
「…兄貴、顔にまだついてるでがす」
「え、どこ?」
「左のほっぺたの…えと、そこじゃなくて、もうちょっと右、いや上、もうちょっと下」
健康的に日焼けした肌の上を探るようになぞる指。
狙ったように目的の場所を逸れ、ふくらみを確かめるように頬の上をすべる。
「こういうのって困るよね、自分じゃどこについてるかわかんないや」
「あー、えと、もうちょっと左、上、そうそうそこ、取れたでがすよ」
「もう取れた?ありがと」
「あ、いや、礼を言われるほどのことじゃないでがす」
「…ヤンガス、自分の分落としてるよ?」
「へ?」
言われて下を見てみると、確かに歯形のついた果物が階段の下に転がっている。
いつのまにやら寄ってきた蟻や虫で既に真っ黒だ。
「あー…もったいないことを」
「もうひとつ買ってこようか?せっかく買い出しに来たんだし」
「いや、いいでがすよ」
気を取られた指から慌てて目線をそらす。
匂いをかぎつけてやってきた犬が虫を追い払い、尻尾を振りながら食べ始める。
振り子のような尻尾の動きでもやもやを飛ばそうとするも、どうにも収拾がつかない。
「あー…街の話でがすが。兄貴はこの街、どう思うでがすか?」
なんとか気分を落ち着けようと、とりあえず話題を振る。日陰から吹き上げる風。
「僕?この街、すごく好きだよ。ヤンガスがこの街にみんなを連れてきたがった理由、わかる」
「そうでがすか?悪徳の街だのなんだの散々な言われようでがすが」
「うーん…まあ確かに、物盗まれちゃったりするのは困るんだけど」
視線を向けられているのに気づいてヤンガスは顔をあげる。平和そうな、少し照れたような表情が見える。
「ヤンガスみたいな人が育つ街だもん。外から見たらどうかわからないけれど、やっぱり、素敵なところだよ」
思わず言葉が吹き飛ぶ。正直なのかなんなのか良くわからない台詞になんと返したらいいかわからずに、
ヤンガスはまやまやと手を動かす。
「…いや、あっしは元山賊で、そういうのを育てちまう街なわけだから、その、あんまりいいところでもない気が」
「なんで?」
「あー…いや、なんでもないでがす。兄貴がそういうならそうなんでがすよね、うん」
「うん。時間ができたら、また来たいな」
「あー…ありがとうごぜえやす」
「…どうしてお礼言うの?」
「あー、いや、なんとなく。ちと休憩しすぎたでがすね、急いで戻りやしょう」
やけに慌てて駆け出すヤンガス。エイトも少し遅れてそれに続く。
その光景を見てどこかの銀髪さんがぬか喜びしたのだが、それはまた別の話。