「エイトが男の人だったら、どんなによかったでしょう・・・」
ミーティアが、ボクを見つめながらさびしそうに言った。
あと一週間で、この可憐で美しいお姫様はお嫁に行ってしまう。
相手は、あのチャゴス王子。
暗黒神を倒す旅の途中で、彼の王位継承の試練とかいうものの護衛を任され、短い間供に旅をしたことがある。
ボクの中で、彼の評価は・・・最悪だ。
ボクはこの18年間、あんなに卑怯で下品で低俗で助平で尊大で低能な男を見たことがない。
ある意味、暗黒神よりたちが悪いとまで思う。
あんな男にボクたちの姫様を嫁がせるのは大反対だ。
もちろん、そんなこと口にはできないんだけど・・・
「エイト?どうかしましたか?」
チャゴス王子への憎しみで頭がいっぱいになっていたせいで、ぼーっとしているように見えたのだろう、
ミーティアが心配そうに僕の顔を覗き込んでいる。
「あ、いや、何でもありません。」
「そう、それならいいわ・・・」
そしてミーティアはふう、とため息をつき、窓の外を一瞥し、カップの紅茶を一口飲んだ。
しばらく沈黙が続いて、ミーティアはボクを見つめて、言った。姫様は悲しそうな笑顔を見せながら。
「ねえ、エイト・・・結婚って、変なものよね・・・」
「え?」
突然の事で、動転してしまったボクは、聞き返すのが精一杯だった。
ミーティアは続けた。
「だってそうでしょう?結婚って、女にとって一番幸せなことだって教えられてきたわ。
私も、ほんの少し前まではとっても幸せなことだって思ってた・・・。だけど・・・」
「だけど?」
「なんだか、これでいいのかな、って思ってしまうの。幸せって、もっと他にもあるんじゃないかって。
・・・ううん、わかってるの。チャゴス様と結婚するのはミーティアの務めなんですから。
だけどミーティアは・・・あの人のことは、あんまり好きじゃありません・・・。
こんな気持ちを抱えたままでも、結婚したら夫婦になってしまうのですから・・・結婚って、変なものよね・・・」
うつむきながら、ミーティアは言った。
ボクは、何だかいたたまれない気持ちになってしまい、ミーティアに声をかけられずにいた。
「エイトは・・・こんな気持ちで結婚しちゃダメよ?本当に大好きな人と結婚してね。」
ミーティアは目の端に涙を浮かばせながら、微笑んでボクにそういった。

その夜、ボクは自分のベッドで寝転びながら、考えていた。
(本当に大好きな人・・・かぁ・・・)
ふと、とげとげの帽子をかぶった、自分よりちいさくて、丸い体をした悪人面の男が思い浮かんだ。
(な、なんでヤンガスが出てくるんだよ!)
ヤンガスは、ボクより10も年上のおじさんだ。
旅の途中、ひょんなことからボクを慕ってついてきてくれた。
まあ、最初はボクのこと男だと思ってたみたいだけど。
いっつも、「あにきぃ〜」っていいながらボクのことを追いかけてきて・・・
なんだか弟のような、それでいていざというときにはやっぱり頼りになって・・・
あわわ、何だかどきどきしてきちゃった。違うって、確かにヤンガスのことは大好きだけど、それは旅の仲間としてであって・・・
枕に顔を押し付けて、ヤンガスのことを忘れようとする。
けれど、ダメだった。いくら旅の途中で出会ったかっこいい男の人達のことを思い出そうとしても、出てくるのはヤンガスの笑顔ばかり。
「な、なんだよぉ、もぉ・・・どうしちゃったんだよ、ボクってば・・・」
小さくつぶやきながら、ヤンガスを頭から追い出そうと試みる。
・・・小一時間ほどヤンガスの笑顔と格闘し、結局ボクはそれを追い出すのをあきらめた。
燭台でゆれる小さな明かりをボーっと見つめながら、ヤンガスのことを考える。
(ヤンガス、元気かなぁ・・・)
ヤンガスはいまはパルミドに戻っているのだろう。
楽しくやってるんだろうな。お酒もいっぱい飲めるし、きれいなお姉さんもいっぱいいるし・・・
何より、ゲルダさんも近くにいるし・・・
そこまで考えて、胸の奥がちくりと痛んだ。
(ゲルダさんかぁ・・・きれいな人だもんなぁ。胸もボクなんかより全然大きいし・・・)
ヤンガスもゲルダさんもまんざらじゃなさそうだったし、きっとうまくいくよね・・・。

なんだか悲しくなってきた。どうしてだろう。ヤンガスが幸せなら、それでいいじゃん。
ボクが悲しくなることなんかないんだよ。むしろ祝福してあげなきゃいけないんだ。
だけど・・・
急に、涙があふれてきた。
自分でもよく分からない。何で泣いているのかな。
すぐそばにヤンガスの笑顔がない。「あにきぃ〜」って言ってくれるヤンガスがいない。
ゲルダさんと、楽しそうに微笑みあっているヤンガスを想像するだけで、涙が出てきた。
何だか無性に悔しくて、悲しくて、シーツを握る手に力がこもる。
こんな気持ち、初めてだ。おかしいよ、ボク。
こんな嫌な心がボクにあっただなんて。
今は、ミーティアがつらい時だって言うのに・・・
今日ミーティアに会ったのも、彼女を元気付けるためだったのに。
彼女の一言で、今度はボクまで悲しい気持ちになってきてしまった。
今は、自分のことを考えている時じゃない。ボクは、近衛隊長なんだ。
姫様を守らなきゃいけないんだ。ボクの事なんか二の次なんだ。
ミーティアを救うにはどうしたらいいか考えなきゃいけない時なんだ。
忘れちゃえ、エイト、忘れるんだ!
そう自分に言い聞かせる。
でも、考えがとまらない。ヤンガスのことで頭がいっぱいだ。
どうがんばっても、ミーティアのことは考えられない。
どうして?なんで?ヤンガスだよ?ただの旅の仲間なんだよ?今はもう傍にはいないんだよ?
そんなことも考えるけど、でも、ヤンガスはボクの頭の中から出て行ってくれない。
悲しくて、切なくて、息が詰まりそうだった。
苦しいよ、ヤンガス。助けて、ううん、傍に来て。ボクに笑いかけてよ。ねえ、ヤンガス・・・
この気持ちはいったい何なんだろう。逢いたい。今すぐにでもヤンガスに逢いたい。
今まで味わったことのない悲しみと切なさ。
いつか何かの本で、こんな風に悲しむ女の子の物語を読んだような気がする。
ボクには縁のないものだと思っていたけれど。
もしかして、これが・・・


「恋、ね。」
ニヤニヤしながらゼシカが言った。
今日、ボクは休暇をもらって久しぶりにリーザス村にやってきた。
ミーティアの事をどうしたものか、ゼシカに相談するつもりだったんだけど・・・
いつの間にか、ボクはヤンガスへの気持ちを彼女に話してしまっていた。
「まさかエイトが、って感じだけど・・・ま、エイトも女の子ってわけねぇ。
しっかしなんでよりによって相手がヤンガスなの?もう少し男を見る目を養ったほうがいいかもね。」
ゼシカは一人でべらべら喋っている。
何だか楽しそうだけど、ヤンガスのことを悪く言われた気がして、ボクはちょっとムッとしていた。
「でも、どうかしらね・・・ヤンガスには、ゲルダさんがいるし・・・ほら、あの二人なんだかいい雰囲気だったじゃない・・・?」
ずきりとした。
「それに、貴重な武器までヤンガスに貸してくれてたし、絶対ゲルダさんはヤンガスのことまだ好きなのよ、うん。間違いないわ」
そこまで聞いて、ボクは急に泣きだしてしまった。
「ひっく・・・そうだよね・・・ヤンガスはさ、ゲルダさんが好きなんだよね。
うぐ・・・それでいいんだよね、ひっく、ヤンガスにはさ、幸せになって、うっく、ほしいもん・・・」
ゼシカは少し唖然としたようにボクをぽかんと見つめ、そしてあわててボクに言う。
「ち、違うのよ!?そういう意味じゃなくって、その、そうじゃないかなぁ〜って、思ってただけだから!
大丈夫だってば!きっとヤンガスはエイトのほうが好きよ!」
「そ、そんなこと、ひっく、ないよう。だって、ボクなんか、ぶさいくだしさ、ひく、胸もゲルダさんみたいに大きくないしさ、ひっく、 かないっこないんだ、うぐ・・・」
「な、何言ってるのよ、も〜。エイトは、すっごくかわいいわよ!
それに、胸なんかおっきくてもあんまり意味ないんだから。肩こったりして大変なのよ〜?」
正直、何の慰めにもなってないと思う。いろいろおっきなゼシカには、つるつるぺったんなボクの気持ちなんてわかりっこない。
・・・そんな風に考えてしまうボク自身が嫌でしょうがない。
「かわいくないよ・・・どうせダメなんだよ、ボクなんか・・・」
我ながらなんてうじうじした台詞だろう。でも、悲しくて、寂しくて、そんな言葉がぽろぽろ出てきちゃう。
情けない。トロデーンの近衛隊長なのに。姫様を守らなきゃならないのに。なんて情けないんだろう。
ひざを抱えて泣いていると、ゼシカが急にボクを抱きしめてきた。
「全然ダメじゃないわ。エイトはダメなんかじゃない。すっごく魅力的な女の子よ?
私が男だったら絶対ほっとかないわ。こんなに可愛くて、暗黒神だってやっつけちゃうほど強くって・・・。
世界中探しても、あなたほど素敵な女の子はなかなかいないわよ。
そんなあなたに好きだなんていわれたら、ヤンガスなんかきっとうれしくてひっくり返っちゃうんだから。
自信が持てないんだったら、私がお手伝いしてあげる。だから、もう泣かないで・・・?」
子供をあやすような優しい声。
「ホント・・・?」
涙でぐしょぐしょになった顔を上げて、ゼシカを見る。
「もちろん!素敵なレディーにしちゃうんだから!」
おもしろいいたずらを思いついた子供みたいに、ゼシカはボクにウインクをして見せた。