数時間後。
ヤンガスの故郷、パルミドの入り口にボクとゼシカは立っていた。
道行く人の視線が痛い。
「ゼシカぁ〜・・・何だか恥ずかしいよぉ。」
恥ずかしさのあまりゼシカの後ろに隠れながらつぶやいた。
そんなボクの様子を見て、ゼシカは自信満々に言う。
「大丈夫よ。すっごく似合ってるから。安心しなさいよ?」
「ホントに?なんだか落ち着かないよぉ。スースーするしさぁ・・・」
いまいちだまされた様な気がして、さっき鏡で見た自分の姿を思い出す。
今ボクの体を包んでいるのはいつもの黄色いコートじゃなくて、
ゼシカの用意してくれた、なにやらフリルのたくさんついたドレス。
頭には、大きなリボン。
膝まである長いソックス。
まるで、ミーティアの部屋にあったお人形さんみたいな格好だ。
でも、スカートの丈はやけに短いし・・・肩も露出してて恥ずかしい・・・
それに、ゼシカに教わったお化粧もあんまりうまくできてないし・・・
やっぱり、似合ってないよぅ。男みたいなボクには、こんな格好無理だって。
絶対ヤンガスはボクを見て笑うってば!
きっと町の人たちも、ボクを見て笑ってるんだ。
そんなことを考えながら突っ立っていると・・・
「ひゅ〜、姉ちゃん、キレイな足してんなぁ!どうだ〜?オレと一杯や ら な い か?」
昼間から酔っ払ってるおじさんがボクに声をかけ、ボクの肩に手をかけようとしてきた。
「え、えっと、や、やめてください・・・」
いきなりのことでパニックになったのと、気恥ずかしいせいか、いつもより声が出ない。
どうしよう、困ったなぁ。殴り飛ばすわけにも行かないし・・・
とか思っていると、
「・・・メラ!」
ゼシカが小さな炎をまきおこし、酔っ払いのお尻に火をつけた。
「あぎゃあwせdrftgyふじこp!!」
悲鳴をあげながら逃げていく酔っ払い。
そしてゼシカはボクににっこり微笑んで、
「ほら、油断してるとあんなのに絡まれちゃうわよ?もっとしゃんとなさいな。」
と言った。
「ゼシカはすごいんだね。ボク、びっくりしちゃってどうしたらいいかわかんなかったよ。」
街の中をゆっくり歩きながら、ボクはゼシカに感謝しながらいった。
「ま、慣れてますから。水着やビスチェ姿で旅をした経験は伊達じゃないってことよ。」
「そっか〜。すごかったもんね〜あれ。ボクはとても着れなかったけど・・・」
えっへん、と自信満々に言うゼシカに改めて感心(というか、尊敬と言うか)し、歩き続ける。
途中、さっきみたいな酔っ払いが何人か来たけど、無視して歩くことにした。
ゼシカがニヤニヤしながら僕に言う。
「モテモテじゃないの、エイトちゃん?やっぱりすっごく可愛いわよ!」
「そ、そんなこと、ないよぉ・・・」
恥ずかしくてうつむくと、ゼシカがさらに追い討ちをかけてくる。
「今度神秘のビスチェ着てみなさいよ。ヤンガス、きっと鼻血吹いて倒れちゃうわよ?」
「え、遠慮します・・・」

そんなことを話しているうちに、ついにヤンガスの家の側まで来てしまった。
急に心臓の鼓動が早くなる。
どきどきどき・・・
「さ、着いたわよ。その可愛い姿をヤンガスに見てもらいなさいよ。ついでに好きだ〜って言っちゃえば、きっとうまくいくってば!」
「で、でも、恥ずかしいよ・・・」
「な〜に言ってんの。ここまできて帰るなんてダメよ。さ、いってらっしゃいな?」
「ボ、ボク一人で行くの?」
「あったり前でしょう。私が行ったらただの野次馬みたいじゃないの。ほらほら、勇気出して!」
背中を押される。扉の前まで来てしまった。
ど、どうしよう・・・今日はそんなつもりじゃなかったのに・・・
で、でも。いっぱい男の人に声かけられたし、きっとヤンガスだって気に入ってくれるよね。
大丈夫だよね。勇気出していこう!がんばれ、ボク!
とかなんとか思って、ヤンガスハウスの扉をノックしようとしたとき、中から話し声が聞こえてきた。
「ねぇ〜、いいじゃないのさ〜。あんたじゃないとダメなんだよ〜」
・・・?!ゲルダ・・・さん?
ボクは固まってしまう。
「そんな事言っても・・・まあ、しょうがねえっちゃしょうがねえでがすな。
わかったでがす。付き合ってやるでがす。」
!!・・・付き合う?ヤンガス、やっぱり・・・ゲルダさんと・・・
「うれしいわ〜。それじゃあ先のことを話しあいま・・誰だい!?」
鋭い声がした。ゲルダさんがボクに気づいたみたいだ。扉が開く。
「・・・?なんだいアンタ。ここはアンタみたいな小便臭い小娘の来るようなとこじゃないよ!」
いきなり怒鳴りつけられる。ごめんなさい、やっぱりお邪魔だったよね。視界が涙でゆがんできた。
後ろからヤンガスも来たみたいだ。
「人の家をそんないかがわしいところみたいに言わないで欲しいでがすよ。
ありゃ?あんた、もしかして・・・・?」
ヤンガスの顔が、まともに見れなくってボクは・・・逃げた。
涙があふれ出てくる。途中でゼシカが引き止めようとしたけど・・・ボクは走った。
スカートがめくれようがリボンがほどけようが、かまわずに。
きっとあられもない姿だろう。王様が見たらはしたないって怒るんだろうな。
でも気にせず走って。訳もわからずボクは、トロデーンに飛んだ。

城門の前まで来て、ボクは引き返した。
なんだかお城の中には入りずらかった。
泣きすぎて目が真っ赤だし。こんな格好してるのを見られるのは恥ずかしいし。
そうして、お城の近くの湖までやってきた。
ここは、ボクの秘密の場所だ。
子供のころ、しかられたり、つらかったときはいつもここに来ていた。
湖のほとりに座り、風で揺らめく湖面をみると、何だか気分が落ち着いてくるんだ。
だから今日もここに来た。きっと大丈夫。いつもと同じ。
ここでしばらく過ごせば、落ち着いて、嫌なことを忘れて、明日からまたミーティアと王様のために働けるんだ。
そう思っていた。
だけど。
湖のほとりに座っても。風で揺らめく湖面を見ても。気分が落ち着くことはなかった。
涙が、とめどなく落ちていく。
考えるのはヤンガスのことばかり。きっと、今頃ゲルダさんと楽しくやっているのだろう。
夕飯の支度をする時間だな。きっと、ゲルダさんと一緒に市場に買い物に行ってるんだろうな。
ヤンガス、野菜あんまり好きじゃなかったよね。ちゃんと食べてるかな。
ゲルダさんが作ったものなら何でも食べてくれるのかな。
ボクが作った料理、おいしくなかったけどいっぱい食べてくれたなあ。
料理上手じゃなくてごめんね、って言ったら、「兄貴の作る料理は何でもうまいでがすよ!」
って、笑って答えてくれた。うれしかったな。
パルミドにはカジノもあったよね。
みんなでカジノに行って、スロットで777出したとき、手を取り合って喜んだなぁ。
初めてバーに行ったときは、酔いつぶれたボクをおぶって宿まで連れて行ってくれたね。
ちゃんと介抱してくれて。今思えば、あの時ボクを抱いてくれてればよかったのに。なんてね。
いっぱい笑いあったよね。楽しかったよね。また、ヤンガスと旅がしたいよぉ・・・。
でも、無理か。ヤンガスはゲルダさんと付き合うんだもん。
ボクなんか入り込めないよ。幸せになってね、ヤンガス。
結婚式には呼んでくれるのかな。子供はなんて名前をつけるんだろう。
前言ってた通り、小さなお家で、暖炉の前で、ゲルダさんと、微笑みあって、幸せに・・・。
そこに、ボクはいないんだね。
ヤンガスのそばに、ボクはいられないんだよね?

悲しいな。これが失恋って奴か。
何だよ、すごくきついじゃんか。
激しい炎で焼かれるより、輝く息で凍らされるより、イオナズンで吹き飛ばされるより、剣で斬られるより、
ずっと、ずっと、きつい。
正直、死にそうだ。
ラプソーンと戦ったときも、死にそうになった。だけど、ヤンガスがいてくれた。
一緒に戦ってくれていた。すぐ隣にいた。
だけど今は・・・一人だ。ボクは、今一人っきりだ。
お父さんも、お母さんも、もう死んでしまっていた。
幼馴染のミーティアも、もうすぐお嫁に行ってしまう。
ゼシカも、ククールも、そしてヤンガスも・・・もうそばにはいない。
トーポ・・・というか、グルーノおじいちゃんは竜神の里にいる。
ボクのそばには、誰もいない。ボクは・・・一人だ。
一人にはなれているつもりだった。だって、トロデーンにくるまでは一人きりだったから。
トーポはいてくれたけど。孤独だった。
でも、仲間ができて、友達ができて、もう一人じゃないって、思ってた。
だけど。
実際、ボクは一人きりなんだ。
本当にそばにいて欲しい人たちは、みんないなくなってしまう。
寂しいよ・・・お父さん、お母さん、ミーティア・・・ヤンガス・・・