日が傾いてきた。夕陽に照らされてあたりは真っ赤だ。
「帰らなきゃ・・・ダメだよね。」
ポツリとつぶやいてみる。
ボクは近衛隊長だ。部下達もいる。
たかが失恋、なんでもないよ。
大丈夫だからさ。がんばってやっていけるから。
でも・・・今日は、今日だけは泣いてもいいかな。
もう少しだけ・・・涙で悲しい気持ちを洗い流しちゃうから。
その時、後ろから誰かやってくる気配がした。あわてて涙をぬぐう。
泣いていたのを悟られまいと、下手くそな鼻歌を歌う。
「エイト・・・」
鈴を転がしたような、可愛らしい声がした。
その声を聞いて、恐る恐る後ろを振り返る。
・・・そこにいたのは、ミーティアだった。
「ミー・・・ティア・・・」
「こんなところにいると、風邪をひいてしまいますよ?さ、帰りましょう?」
優しい声。子供のころと同じだ。
子供のころ、ここに来たときには何故かいつも、ミーティアが迎えに来てくれた。
お城を抜け出してまで、ボクなんかのために、いつもいつも。
「ミーティア・・・うぐ、みーてぃあぁぁ・・・・」
ボクはまた泣きだして、ミーティアの胸に飛び込んだ。
不敬だ、打ち首になってもおかしくないようなことを、ボクはしている。
だけどミーティアは、泣きじゃくるボクの頭を優しく撫でてくれた。
子供のころと同じだ。ちっとも変わらない。
ミーティアとボクは幼馴染だ。まるで姉妹のように仲良く遊んだ。
悲しいことがあったらお互いが姉となり、妹になった。
「うぐ、ぐす、ひっく、ひっく・・・」
小さな子供のように、ボクは泣き続けている。
「大丈夫・・・もう泣かないで、ミーティアがそばにいるから・・・
もう寂しいことはないのよ・・・?だから・・・ね?もう泣き止んで・・・」
優しい声。安心できる、大好きなお姉ちゃんの声。いつしかボクは、泣き止んでいた。
「ごめんね、ミーティア・・・ホントにゴメン・・・」
何がゴメンなのかよく分からないけど、ボクはミーティアに謝っていた。
ミーティアはくすりと笑い、でも黙ってボクの髪をなでている。
ボクは起き上がり、ミーティアの横に腰掛ける。
そうして二人で、湖を見つめる。
夕陽が湖面に反射してキラキラ輝いていた。ボク達の子供のころと同じように。

「キレイね・・・」
どれぐらいそうしていたのだろう。沈黙を破ってミーティアがぽつりと言う。
ボクは黙って頷いた。
「もうすぐ、この景色も見ることができなくなってしまうのですね・・・」
寂しそうな声。
・・・ごめんなさい、姫様。ボクは・・・貴女をお守りすることもできずに、自分のことばかり考えて・・・
「エイト・・・大体のことはゼシカさんから聞きました。辛かったでしょうね・・・」
ミーティアはボクに言った。また涙が出そうになったけど、ぐっと、がまんした。
「そんなことないよ。ボクは大丈夫。だって、もとからわかってた事だもん。何にも気にすることなんか無いよ。」
・・・そう。ミーティアが気にすることなんか無いんだ。ボクがダメなだけなんだから。
「・・・大好きな人と結ばれないって、とっても辛い事ね・・・」
ミーティア・・・涙声だ。
ボクは見ないようにしていたけど、ミーティアは泣いていた。
やっぱり、辛いんだろう。あんな男のところに望まずに嫁がねばならないなんて。
ボクは、この悲劇の姫様のために何ができるんだろう。
こんな情けないボクに、できる事。
・・・ふと、思いついた。
「ねえ、ミーティア?・・・ミーティアの代わりに、ボクがサザンビークに行くのって、ダメかな?」
我ながら訳のわからないアイデアだ。畏れ多くも王族の変わりにボクが、だなんて・・・
それこそ不敬の極み。今ここで切腹を命じられたっておかしくないことだ。
「そんなこと、できませんわ。これはあくまで王家同士の約束ですもの。それに、チャゴス様はあなたの従兄弟に当たる方。
そんなことをしたら、神様の罰が当たりますわ。」
優しく、だけど厳しく。王女の声でミーティアは言った。当然だ。筋が通っていると思う。
だけど、それじゃミーティアの気持ちはどうなっちゃうのさ。
大好きな人と結ばれるのがホントの幸せなんでしょ?
ボクには、ホントの幸せを掴むことはできないんだ。ほんの数時間前にわかったことだけどね。
だからさ、ミーティアにはホントの幸せを掴んで欲しいんだ。ミーティアのこと、大好きだから。
「でも、それじゃ・・・」
ミーティアに言おうとしたその時。
「ふむ、その手があったか!」
後ろからいきなり聞きなれた声がした。
「お父様!いつの間に!?」
そこにいたのはヤンガス以上にちっさいおっさん・・・もとい、我らがトロデ王様だった。
「まあそんなことはどうでもいいわい。よし、エイト!お主のアイデアを採用じゃ!」
いっつも神出鬼没なんだよね、この王様って。
っていうか、ボクのアイデアを採用って・・・
それが意味することを理解したのか、ミーティアが驚いたように声を上げる。
「お、お父様!?何をおっしゃるのですか!?」
「今のエイトのアイデアを採用する、といったのじゃ。エイトや、お主、ワシの養女になれ!」
・・・そう。王様はよく分かってる。そうすれば、ボクは・・・
「エイトがワシの養女になれば第二王女じゃ。何の気がねも無くサザンビークに嫁にやれるわい!」
・・・全くその通りだよ。さすが王様。でも、その言い方はなんだか寂しいです・・・
「いけません!!そのようなこと、許されるはずがありませんわ!」
鋭い声。見ると、ミーティアは怒りをあらわにして王様をにらみつけている。こんなミーティアは初めて見た。
「そうは言ってものう、ミーティアや。お前もあのチャゴス王子のところに嫁ぐのは嫌じゃろう?
それに、エイトが自分からこういってくれておるのじゃよ。なんと主君思いの家臣じゃ。
なかなかおらぬぞ、このような者は。この忠義に感謝して、言葉に甘えてみるのもいいじゃろうて。」
ミーティアの手を握り、熱弁する小さいおっさ・・・王様。
ミーティアは、その手を見つめながらじっと押し黙っている。
わかってよ、ミーティア。君を守るためにボクができることなんて、これくらいしかないんだから。
・・・沈黙が続く。
数分ほどそうして、ミーティアが顔を上げた。
「でも・・・納得できませんわ!どうしてエイトが・・・!
ねえ、エイト?あなた、本当にそれでいいの?
ヤンガスさんのことは、もうどうでもいいって言うの!?」
ボクは、ぐっと胸の痛みをこらえて、微笑んだ。
「いいんだよ、ミーティア。ボクはミーティアを守れるなら、死んだってかまわない。
ヤンガスのことなんか、もうなんとも思ってないよ。だから・・・」
「馬鹿ぁっ!!」
乾いた音が、あたりに響き渡る。
ミーティアは、涙を流しながらボクをにらみつけている。
頼むよ、ミーティア。そんな顔しないで。
これは君のためなんだ。そんなににらまれたら、決意が鈍っちゃうよ。
・・・ボクは、何も言わず王様に向き直って言った。
「ありがたき幸せに存じます・・・お父様。」
王様はにやりと笑い、ボクを見て高らかに宣言した。
「うむ。これでよしじゃ。エイトや、おぬしはこれよりわしの娘じゃ!」
王様の・・・娘・・・。
ホントにミーティアの妹になっちゃうんだ。ボク。
うれしいな。やっとボクにも家族ができるんだ。
「・・・!!・・・エイトの馬鹿っ!もう・・・もうミーティアは、知りませんっ!」
ミーティアは、走って帰って行った。
・・・参ったな。泣かせちゃった。ま、当然だよね・・・
王様の前に跪きながら微笑む。
「・・・ふーむ。ミーティアはしょうがないのう・・・ま、いずれわかってくれるであろう。
さてと、城に帰ってさっそくサザンビークへの親書を書かねばのう・・・」
そうつぶやきながら、王様もミーティアの後を追っていった。
ボクも、王様の後を追うために立ち上がる。
・・・ボク、娘になったのに、いつもとおんなじだね、王様。
当然だよね。ボクは王様のホントの娘じゃないし。ただの駒だから。
でもいいんだ。ボクの事は。王様と姫様が幸せになれるんなら、それでいい。
チャゴスとっていうのが引っかかるけど、結婚してしまえばヤンガスの事だって忘れてしまえるだろう。
そこまで考えて、後ろを振り返った。
夕陽が沈もうとしている。
湖面は夕陽の残照で血のように赤く輝いていた。
夜の気配が近づき、風も出てきたようだ。
ふと、ポケットに何かが入っていることに気がついた。
ゼシカが結んでくれたリボンだった。
ボクはそれを取り出し、湖面に向かって放り投げた。
優しく、ふわりと。
「さようなら、ヤンガス。」
そうつぶやいたとき、リボンは風に乗って、沈んでいく夕陽に向かって飛んでいった。
それからの事は、あんまり覚えていない。
あっという間に時間が過ぎて、ついに明日、チャゴスとの結婚式になってしまった。
明日の今頃、ボクはあの薄汚い男の妻になっている。
・・・正直、いやだけど。
ま、これも運命か。
なんだかんだで一国の王妃様になれるんだもん。大出世だよね。
天国のお父さんも、お母さんも喜んでくれるかな。
・・・喜んでくれなくてもいいや。
もうすぐサヴェッラ大聖堂だ。
なれないドレスに身を包み、長い階段を上る。
・・・逃げちゃおうかな。
なんてね。そんなことしたら大変なことになっちゃうよね。
そんな風に考えていると、後ろから下品な声がした。
「やぁやぁ。こんにちはトロデーンの皆さん。」
チャゴスだった。正直、蹴飛ばして階段から叩き落したい。
ボクに気がついたようだ。ふと怪訝な顔をしたが、何事も無かったかのようにボクのところにやってくる。
「あなたがエイト姫ですか。初めてお目にかかります、サザンビークの王子、チャゴスでございます。
おぉっ!これはなんとお美しい・・・姉上のミーティア様も美しいと聞いていたが妹君のエイト様もまたなんとも・・・
ぐふひひ・・・いえ、何でもありません。それでは、明日の結婚式楽しみにしてますゆえ・・・」
慇懃無礼とはこういうのを言うのだろう。大げさに礼をしてチャゴスは大聖堂へ歩いていった。
ちっとも成長してない。ていうか、ボクのことに気がついてないのか。散々セクハラしたくせに。
後姿をにらみつけていると、チャゴスが振り返り、ボクを見る。
・・・じっとりと嘗め回すような視線。そして、いやらしくにやりと笑い、また階段を上り始めた。
鳥肌が立つ。あんな男の妻になり、抱かれるのだと思うと寒気がした。
はぁ・・・ボク、あんなのと結婚しなきゃならないんだな・・・
でも、逆に考えればミーティアがあんな男と結婚する羽目にならずにすんでよかった。
ボクが我慢すればいいんだもんね。そう、今までだってそうしてきたんだ。これからだって・・・
そうこうしているうちに、小さな部屋へ通された。
「エイト姫様、本日はこちらでお休みいただきます・・・」
大臣がボクに言う。
冷たい、感情のこもってない言葉。
何でか知らないけどみんな態度がよそよそしい。
やっぱりいきなり王女になっちゃったからかな。
政略結婚の駒としてだけど。最後くらい、笑って見送って欲しかったな。
・・・やっぱりボクはよそ者だった、ってことか。
ま、今までよくしてもらったんだからね、ボクにしては上出来な人生だな。うん。

夜になった。
この夜が明けたとき、ボクは名実供にチャゴスの妻になる。
ベッドの横には、純白のウエディングドレス。
きれいだなぁ。正直、これを着るのを夢見ていた。
一生、縁の無いものだと思っていたけど。
これを着る機会がもらえただけでも、良しとしなきゃ。
・・・相手があのチャゴスだってとこがひっかかるけど。
ヤンガス、見に来てくれるかな。
そういえば、ゼシカもククールも見ていない。
来てくれないよね、やっぱり。
ミーティアとも、あの日以来顔を合わせていない。
・・・皆、きっと怒ってるんだろうな。
王妃の座が欲しくて王様達に尽くしてた、なんて思ってるのかな。
ちょっと違うんだけどね、傍から見ればそんなもんか。
でも、ヤンガスにだけは、そんな風に見てもらいたくないな。
そういえば、まだはっきり好きだって言ってないや。
できれば、とめて欲しかったな。
いくな!って、言って欲しかったな。
ま、ヤンガスにはゲルダさんがいるし。
それ以前にボクみたいな女、ヤンガスに好きになってもらえるはずが無いんだ。
土台無理な話なんだよね。
・・・そんな風に考えていたら、涙が出てきた。
この数日間、泣こうと思っても涙は出なかったのに、不思議だ。
止まらなかった。
止めるつもりも無かった。
ヤンガス、ヤンガス、ヤンガス・・・
大好き。愛してる。心から。
抱いて欲しい。力いっぱい、抱いて欲しい。
ヤンガスの奥さんになりたい。
ヤンガスの子供が欲しい。
小さな家で、暖炉の前で二人で座っていたい。
料理もいっぱい勉強して、おいしいご飯を作ってあげたい。
おじいちゃんとおばあちゃんになっても、愛し合っていたい。
いっぱいケンカして、仲直りして、またケンカして・・・
ヤンガスの笑顔をずっと見ていたい。
天国に行っても、二人一緒がいいな。
お父さんとお母さんに、紹介するんだから。
「顔は怖いけど、とっても素晴らしい人なんだよ。ボク、幸せだったよ!」って・・・
涙は止まらない。
声は出さないように、だって隣の部屋で王様が寝ているから。
泣いてることを知られちゃいけない。
これは、ボクが言い出したことなんだから。
だから、だから、だけど・・・
ヤンガス・・・ヤンガス・・・
忘れられるわけないよ。忘れたくない。
こんなに人を恋しく思うことなんて今まで無かった。
ボクはやっぱり女の子なんだなって、思わせてくれた人。
愛してます。命の限り。
無理だってわかってるけれど、どんなに祈っても無駄だろうけど、願わずにはいられない。


お願いヤンガス・・・ボクを盗みに来て・・・