夜が明けた。
ついにこの日が来てしまった。
悲しいけど、嫌だけど。
逃げるわけには行かない。
変な約束に縛られたミーティアを救うためなら、ボクなんかどうなったっていい。
ボクには、それしかないんだから。ボクにはもう、それしか・・・
「エイト姫様、そろそろお支度を・・・」
メイドさんが言った。
いよいよか。
メイドさんたちに手伝ってもらいながら、ウェディングドレスに身を包む。
嫌なはずなのに、やっぱり何だかうれしい。
ひとつの夢がかなったんだ。
もういい。このままチャゴスのお嫁さんになろう。
嫌だとかじゃない。やるしかないんだから。
悲しみは、昨日の夜涙と一緒に洗い流した。
もう二度と泣くことは無いだろう。
ドレスを着終わり、ヴェールをかぶる。
とってもキレイなヴェール。
あたりが純白に包まれる。
まるで雪が降ったみたいだ。
キレイな宝石がちりばめられたヴェールを身に着けていると、まるでお姫様にでもなった気分だ。
まあ、一応お姫様なんだけど。
「さ、姫様、こちらへ・・・王様がお待ちです。」
メイドさんたちに付き添われ、大聖堂の入り口まで歩く。
・・・もうすぐ、か・・・
大聖堂前の広場には、たくさんの人だかりができていた。
見物の人たちがボクをみて「おお〜」とか「きれーい」とか口々に言っている。
何だか気恥ずかしいな。でも悪い気はしない。
広場をゆっくり歩く。
大聖堂の扉前には王様が待っていた。
ボクをじっと見ている。
隣に立つ。
「王様・・・今までありがとうございました。」
そっと王様につぶやく。すると、
「何、もう少しの辛抱じゃよ。」
と、ウインクしながら王様はボクに言った。
「?・・・それって、どういう・・・」
訳がわからず、王様に聞こうとしたところで結婚行進曲が鳴り響き、大きな扉が開いた。
・・・ま、どうでもいいか・・・
諦めがついたボクは、大聖堂の中をまっすぐ見据えた。
参列の人たちがたくさんいる。
各国の王侯貴族、有力な商人さんたち、教会のお偉方・・・
何だかすごい面子だ。
そして、ボクから見て一番奥、赤いバージン・ロードの先には、白いタキシードに身を包んだチャゴスがいた。
あいつが、旦那様ね・・・
王様の手をとり、一歩、また一歩と歩を進めていく。
後ろで扉が閉まった。
もう後戻りはできないんだな。
緊張と不安で、手が汗ばむ。
手袋越しだけど、王様にもそれが伝わったのか、きゅっと握り返してくれた。
・・・なんだかんだで、いい王様じゃないか。
ミーティアがお姉ちゃんなら、王様はボクにとってお父さんだ。
やっぱり、感慨深いものがある。
(たまには、遊びに行きますからね・・・お父様。)
そんな風に考えながら、半分ほど歩いたころだろうか。
急に、後ろが騒がしくなった。
正確には、扉の向こうでだが。
がすっ!どかっ!ばきぃ!オッサーン!ドドドドドド・・・
なんだか、どこかで聞いた事のあるような声が・・・?
ちょっと疑問に思っていると、突然扉が糞やかましい音を上げながら乱暴に開いた。
驚いて後ろを見ると、そこには・・・
とげとげの帽子をかぶった、ボクよりちいさくて、丸い体をした悪人面の男が、ぜえぜえと息をしながら、立っていた。
「な、何だ貴様は!」
「おのれ、この神聖な儀式をなんと心得る!」
衛兵があの人に詰め寄る。
だけど、かなうはずがない。
あの人は、すっごく強いんだから。
「兄貴ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
衛兵をぶん殴り、数メートルも吹き飛ばしながら、あの人が叫んだ。
「兄貴は誰にもわたさねえでがす!!」
大聖堂じゅうに響き渡る声。
ボクは、その姿を見て涙があふれ出てきた。あんなに泣いたのに。もう涙はでないはずなのに。
ふと隣を見ると、王様も目に涙をためて僕を見ている。
そして、手を離してボクに優しく言った。まるで、本当のお父さんみたいに。
「行け、エイト。あの馬鹿を愛しておるのじゃろう?」
「でも・・・それじゃぁ・・・!!」
「みなまでいうな。こんなことすべて計算ずくじゃ。
さっさと行かんか、この馬鹿娘が!」
お尻を叩かれる。うれしくて涙が止まらない。
「ありがとうございます、お父様!」
ボクは王様に一礼して、大好きなあの人の名を叫び、その胸に飛び込んで行った。
ボクは王様に一礼して、大好きなあの人の名を叫び、その胸に飛び込んで行った。
「ヤンガスぅぅぅっ!」
「兄貴ぃぃぃっ!!」
ヤンガスはボクをしっかり抱きしめてくれた。
暖かい、太くて丸太のような腕で。
うれしくて、うれしくて、ただ胸の中で泣きじゃくるばかりだった。
ヤンガスはボクを抱きしめながら言った。
「もう離さないでがすよ。兄貴は、死ぬまであっしのもんでがす。
・・・さ、ここは邪魔が多くていけませんや、さっさとおさらばしやしょう。」
天にも昇る気持ちだった。ヤンガスも、ボクのことを・・・?
でも、なんで・・・?ゲルダさんは・・・?
そう聞こうとしたとき、ヤンガスはボクの手をとって大聖堂の外へ走り出した。
・・・まあいいや!後でいっぱい聞かせてもらおっと!
手を引かれながら、ボクはそんなことを考えていた。

大聖堂前広場は、大混乱だった。
逃げ惑う人々。殺気立って抜刀している聖堂騎士団。
その輪の中心には、悪人面の小男と、ウェディングドレスに身を包んだボク・・・
ボクはいつかの戦いの日々のように、ヤンガスと背中合わせで騎士団と対峙していた。
ヤンガスが、背中越しにボクに語りかける。
「へへっ、なつかしいでがすなぁ。こうしてまた兄貴と立っていられるなんて、あっしは涙がちょちょぎれそうでがすよ。
おっと、せっかくのドレスが汚れちゃいけやせん。あっしの後ろに隠れててくだせえ。」
ホントになつかしい。
今でも夢みたいだ。でも、どうしてヤンガスがここに・・・
いきなり切り込んできた騎士団員をかわし、ベギラマをお見舞いしながらボクはヤンガスに聞いた。
「ヤンガス、どうしてここに?ヤンガスには、ゲルダさんが・・・」
数人まとめて殴り飛ばしたヤンガスが、ボクにあの太陽のような笑みを浮かべながら言った。
「その話はまた後でがすよ。とりあえず今は、ここを切り抜けないと。トロデーンのお城で、みんなが待ってるでがす。」
お城で、みんなが待ってる・・・?こんなボクを、みんな待っててくれてるの?
ボクは何だかすごくうれしくなって、残っていた騎士団員に力を極力抑えてライデインを放ち、続けてルーラの詠唱に入った。
「飛ぶよ、ヤンガス!ボクにつかまって!」
「おっけーでがす!」
そしてボク達は、トロデーン城まで飛んだ。しっかり、手を取り合って。

突如侵入した賊が、花嫁を連れ去った後。
騒然となった大聖堂。
新郎であるチャゴス王子はいきり立って衛兵を怒鳴りつけている。
あたふたと右往左往する参列者の中で、二人の王が向かい合っていた。
「すまんのう、クラビウス王。こんな茶番に付き合ってもらって・・・」
「かまわんよ。あのエイトという娘、聞けば我が亡兄の忘れ形見というではないか。
王位継承権をくれてやるわけにはいかぬが・・・これくらいはしてやらねばな、叔父として。」
「本当にすまん、父達の遺言は破ることになってしまうが・・・許してくれるかのう?」
「古い約束だ。そんな物よりも、若い彼らの熱い思いこそ、世界の宝ではないか。
それをつぶしてまで守らなければならない約束など、ありはしない。
そんなことをしてしまったら、私はあの世で兄に殺されてしまうさ。
それに・・・うちのチャゴスにも、いい薬になるであろう。」
「恩にきるぞい、クラビウス王。」
「何を言うか、我々にはトロデ王とその家臣には返しても返しきれぬ大恩があるのをお忘れか?」
「それもそうじゃ。・・・では、ワシはこれにて。城に戻って宴の準備をしなくては、な。」
そう言うと、トロデ王は外まで走り出て、キメラの翼を使った。

トロデーン城の城門の前についた。
お城は、静まりかえっている。
ふと隣を見ると、ヤンガスが神妙な顔つきでボクを見ていた。
そして、静かに口を開く。
「兄貴・・・お城に入る前に聞いてくだせえ。
・・・あっしはとんでもねえ大馬鹿野郎でがす。
実は、あっしはもう5日も前に兄貴があのチャゴスの野郎と結婚することになったって知っていたのでがす。」
「そう・・・なんだ。」
「でもね、あっしは何にもしようとしなかった。
トロデーンのお城にカチコミかけて、兄貴を奪うこともやろうと思えばできたんでがすよ。
ですがね?あっしは何にもできなかったんでがす。
そうでがしょ?あっしみたいな男、兄貴みたいないい女にはどう考えても釣り合いませんや。
相手があのチャゴスだろうが、あっしみたいな腐れ切った男に比べりゃまだましだ。そう思ってたんでがすよ。」
寂しそうにいうヤンガス。そんなことない、って言おうとしたボクを制して、ヤンガスは続けた。
「いや、兄貴はそんなこと無いって言うかもしれないでがすが、あっしはね・・・腐った根性の持ち主なんでがすよ。
こないだ・・・そう、兄貴が来てくれた日でがすよ。ゲルダの奴がうちにきやしてね。あっしにこういったんでがす。
盗賊に戻らないかって。ちょうど懐が寂しかったもんで、つい、付き合うことにしちまったんでがす。
はは、情けない話でがすよ。兄貴に命を拾われて、真人間になると誓ったはずなのにねぇ。
いや、まだ仕事はしてないでがすよ。兄貴が大変だって言うのに、そんな事しちゃあいられやせん。
でも、そのせいであっしは兄貴に会うのが恐ろしくなっちまいやしてね・・・」
悲しそうに、心底後悔した表情で言うヤンガス。さらに彼は続けた。
「そうなっちまうといけませんや。あっしは、酒に逃げやした。昼も夜も酒びたりで・・・
情けねえ、なんて情けねえ男なんだってうじうじしてやしたよ。
惚れた女一人奪いに行く度胸もねえ、こんな糞野郎はさっさと死んじまえってね。
昔と一緒ですわ。兄貴に会う前の、情けねえ男に戻っちまったんでがすよ・・・」
俯いて、涙声で告白するヤンガス。ボクも悲しくなってきてしまう。
ボクのせいで、ヤンガスまで悲しませてただなんて。
でも、そんな悲しみも吹き飛ぶくらい、ボクの心は舞い上がっていた。
・・・惚れた女って、ボクのこと?
・・・っていうか、ゲルダさんとは付き合ってなかったんだね・・・ボクの勘違いってわけだ。
・・・馬鹿だなあ、ボクって。ホントに・・・
そんな風に思っているボクにかまわず、ヤンガスは続ける。
「ですがね、昨日のことでがす。あっしの家にトロデのおっさんがやってきやしてね。
あっしのけつを思いっきり蹴っ飛ばしたんでがすよ。
お前は兄貴が大切じゃねえのか!しっかりしやがれ!・・・ってねぇ。
えらい剣幕でがしたよ。あのラプソーンなんかよりよっぽど恐ろしいや。おっと、こいつは内緒でがすよ?
まあ、あの一撃であっしは目が覚めやした。
兄貴がどう思おうがかまやしねえ。あっしはもと山賊だ。山賊は山賊らしく、花嫁をいただいていこうってね。」
王様が・・・?そっか・・・そういうことだったんだ。
王様は、ボクのためにあんなお芝居を・・・
「まあ、そんなこんなで今に至るって訳でがすよ。
それで、順番がちとおかしいようでがすが、改めて言わせてもらいやすよ、兄貴。」
顔を上げて、ヤンガスがボクの顔を見つめる。
顔が一気に赤くなり、胸が高鳴る。
考えてみれば、こんなにまっすぐ見つめられるのは初めてだ。
どうしよう、なんか言わなきゃ。
そう思っているけど、声が出ない。
顔を真っ赤にして頬をぽりぽりとかくヤンガス。
そして、意を決したように大きく息を吸い込み、ボクに言った。
「あっしと、結婚してください!」
・・・でかい声。まるでおたけびだ。驚いてボクはひっくり返りそうになってしまった。
あわててヤンガスがボクを抱きかかえる。
「あぁっ!どうしたんでがすか兄貴!?大丈夫でがすか!?しっかりしてくだせえ!!
・・・畜生、チャゴスの野郎、兄貴になんか毒でも盛りやがったな!?」
慌てたように叫ぶヤンガス。
そんなヤンガスの様子を見て、ボクは笑ってしまった。
「ぷっ・・・あは、あははははは!あははは・・・」
急に笑い出したボクを見て、安堵したように微笑むヤンガス。
そんな彼の胸の中に顔をうずめながら、ボクは笑った。心から、笑った。
そして、笑いながら泣いた。
だって、すごくうれしかったから。
何よりも、幸せな気分だったから。
ボクは泣いた。大きな声で笑いながら。
「あ・・・兄貴?やっぱり、あっしみたいな情けねえ男はいやでがすか・・・?」
何だか心配そうな声。
顔を上げると、やっぱり心配そうなヤンガスの顔。
もう、そんな顔しないでよ。
ボクは今、すごくうれしいんだから。
心配することなんか、何も無いんだからね?
そう思って、ボクはヤンガスにキスをした。
そっと、優しく。
驚いたような顔をするヤンガス。
・・・えへへ、びっくりしたかな?
唇を離して、ボクはささやいた。
「嫌なもんか。こちらこそよろしくね。ヤンガス。」
にっこり微笑む。ヤンガスは一瞬呆けたようにボクを見つめ・・・
いきなり、ボクをお姫様だっこした。
「あわわ、ちょっ、ヤンガス!自分で歩けるってば!おろしてよぉ!」
「ダメでがす!兄貴はあっしのものだから、絶対に離さないでがすよ!」
男らしくはっきりと言う。まっすぐボクの目を見て。迷いなんか、何にも無い目。
ああ、ボクはこの人のこういうところが好きなんだな。
そう思いながら、ボクは彼にしっかりしがみついて言った。
「うん、わかった。絶対に離しちゃダメだよ?
もし離したら、ギガスラッシュしちゃうんだから。」
「うへえ、そいつは勘弁して欲しいでがすよ、兄貴!」
ニコニコしながら言うヤンガス。
ついでにボクは、前からお願いしたかったことを言ってみた。
「あ〜それから!」
「な、何でがすか、兄貴?」
「その兄貴って言うの、これからは禁止ね!
ちゃ〜んと、エイトって呼ばなきゃだめ!」
「えぇっ!?あ、あっしは義に生きる男でがす。いくら兄貴の頼みといえど、それだけは・・・」
やっぱり。そういうと思った。だけど、今日という今日は許してあげないんだから。
「兄貴って言った。」
「へ?」
わざと、恨めしそうに頬を膨らまし、ヤンガスを睨む。
彼は狐につままれたような顔をして、間抜けな声を上げた。
何だかかわいいなぁ。10も年上なのに。にやけそうになるのをこらえて、ボクは追い討ちをかける。
「今、兄貴って言った。」
「で、ですがね、兄貴?あっしの信条は・・・」
慌てたように弁解しようとするヤンガス。
ちょっとかわいそうかな?
でも、ボクはひるまないよ。
ヤンガスに名前で呼んでもらうのは、ボクの夢なんだから。
だから、心を鬼にしてもう一回言うんだ。
悲しそうに、目をそらして。
「また兄貴って言った。ボク、これでも女の子なのに。」
我ながら恐ろしい、と思う。
女は皆女優だ、って言う言葉を聞いたことがあったけど、ホントだな。
好きな人の前では、いろんな演技をしちゃうものなんだ。
「う・・・わ、わかりやしたよ。あに・・・いや、え、エイト・・・」
「えへへ!やっと名前で呼んでくれた!」
観念したように言うヤンガス。ボクは、すぐ振り返って満面の笑みで答えた。
また、夢がひとつかなった。
でもやっぱり、ヤンガスは不満そうだ。
小さな声でつぶやいている。
「うぅ・・・何だかこの先が不安でがすよ・・・」
「何かおっしゃいました?だんな様。」
わざと意地悪そうに言うボク。
大丈夫。ボク、いいお嫁さんになるようにがんばるから。
不安に思うことなんか無いよ。
安心して。ボクら二人なら、きっと幸せになれるから・・・
「な、何でもないでがすよ・・・」
そう言うと、ヤンガスはボクを抱えながらお城に向かって歩き出した。