ヤンガスに抱きかかえられたまま、お城の中庭を進む。
なんだかひどく静かだ。ちょっと不安になってくる。
「ね、ねえヤンガス?みんなが待ってるって・・・」
ヤンガスに聞こうと顔を向ける。
「へへ・・・大丈夫でがすよ。・・・ほら、見てみなせぇ。」
そういわれて、お城のほうへと顔を戻す。
・・・また、涙が出た。
窓という窓が開く。
そのすべてから現れるトロデーンの国旗。
国旗のすぐ下に、見慣れた色の布が縛り付けてある。
ボクがいつも身に着けていたバンダナと同じものだ。
国旗を振っている兵士達は皆、ボクの部下達。
満面の笑みで、ボクを見ながら旗を振る。
そして彼らは口々に叫んだ。
「エイト隊長ばんざーーーーーーーーい!!おめでとうございまーーーーーーーす!」
その言葉が合図であったかのように。
お城の扉が開き。
皆が出てきた。
食堂のおばさん。兵士長。大臣。メイドの女の子達。
皆大好きな、ボクの家族。
皆、ボクのために・・・?
てっきり、嫌われたんだとばっかり思ってたのに・・・
彼らはボクとヤンガスを取り囲み、口々にお祝いの言葉をあげる。
「全くこの子は。昔っから私らに心配ばっかりかけて!」
「おめでとうエイト!幸せになるんだぞ!」
「ちくしょーーーー!狙ってたのにーーーーーー!!」
「エイト隊長、すっごくかわいい!私も早く結婚したいなぁ!」
やかましいくらいだ。だけど、全然嫌じゃない。
そっか。ボク、一人じゃなかったんだ。
みんな・・・ホントに、ホントに、ありがとう・・・
そうして皆の祝福を受けながら、しばらくたって・・・
急に皆が静まった。
そして、ボクたちを囲んでいた輪の一部が開く。
・・・ミーティアが、立っていた。
それを見たヤンガスがボクをおろしてくれた。
ミーティアは、ボクをまっすぐ見つめている。
王女の表情で。
そして、口を開いた。
「エイト・・・正直に申しますと、私はあなたがゆるせません。
あなたが私を守りたいのと同じくらい、私もあなたを守ってあげたいのですよ?
それなのに、あなたと来たら・・・。」
厳しい声。ああ、全く言うとおりだ。
結局ボクは、式を逃げ出してきてしまったんだ。
ボクがしたことは、何の意味も無いこと。
かえって、悪い結果になってしまうかもしれない・・・。
罪悪感で、胸がいっぱいだった。ミーティアの顔が見られない。
ヤンガスは、そんなボクを黙って見つめている。
ミーティアが言った。
「あの日以来、私がどんな気持ちでいたかわかりますか?
さだめを全部あなたに押し付けて逃げたという罪悪感。
妹のように思っていたあなたが、王族の風上にもおけないような男のところへ嫁いで行ってしまう悲しさ。
いつだってあなたはそう。ミーティアのため、お父様のため。自分の気持ちを殺してまで、ミーティアたちに尽くしてくれる。
うれしいけれど、辛いのですよ?あなたが傷つくのを見るのは・・・
私をこんなに悲しませたあなたには罰を与えなければいけませんね。」
涙声でボクをしかるミーティア。もう、王女の表情じゃなかった。
大好きな、お姉ちゃん。
ああ、ボクはこんなにも愛されているんだ。
それなのに、ボクは・・・
どんな罰を受けても平気だ。ボクのしたことは、許されることじゃないんだから。
罪悪感で打ちひしがれているボクにミーティアは優しく言った。
「・・・ヤンガスさんと、幸せになりなさい。絶対に。命令ですよ?」
顔を上げる。ミーティアは、笑っていた。
こんなとき、ボクはいつも元気よく答えるんだ。
涙をぬぐう。
背筋を伸ばし、胸を張る。
そして、ヤンガスの腕を取り、力強く言った。
「はい!お任せください姫様!!」
歓声が上がる。
ヤンガスを見ると、何だか照れくさそうだ。
・・・ふと、視線が絡み。
ボクたちは、キスをした。
まるで、そうするのが自然なように。
ひときわ大きな歓声が、トロデーンの空に響き渡った。
「やれやれ、もっと早くこうなってくれてればわざわざ大聖堂くんだりまで行く必要もなかったのにのう。」
「げっ!おっさん、いつの間に!?」
いつの間にか王様がいた。いつものように驚いて飛び上がるヤンガス。
ボクは、王様の下に駆け寄って頭を下げた。
「王様・・・!!ホントに、ホントに、ありがとうございました!」
そんなボクを見てめんどくさそうに王様が言う。
「あーもうよい、よい。頭を上げんか。
そんなことより、皆の者。宴じゃ!宴をはじめんか!
トロデーンの第2王女、エイト姫の結婚祝いじゃ!」
「え・・・・?」
それは、ただのお芝居じゃ・・・
不思議そうな声を上げたボクを見て、王様が言う。
「な〜にを寝惚けた声を出しておる。ついこの間、お前はワシの娘になったばっかりじゃろう。
父親が娘の結婚を祝って何が悪い!」
今日は、いったい何の日だろう。
夜が明けたときは絶望していたのに。
短い時間で、いっきに幸せがやってきてしまった。
ボクは、王様の娘になったんだ。本当に。
うれしくて、幸せで、たまらずボクは王様に抱きついた。
「うれしいです、とっても、とっても・・・・・・・お父様!!」
「あ〜わかったわかった。わかったから離れんか!」
うれしそうな声で、王様が言う。すこし、涙声で。
「離れません!だって、やっと、やっと・・・ボクにも家族ができたんだから!」
力いっぱい抱きしめる。みしみしと音がして、王様が苦しそうに言った。
「や・・・やめんか、エイト・・・死ぬ・・・死んでしまうわ・・・い」
「え、あ、ごめんなさい!」
慌てて離れると、王様があきれたように言った。
「ごほごほ・・・全く・・・こんな馬鹿力の娘を任せられるのはヤンガスぐらいなもんじゃ。
おいヤンガス!エイトを頼んだぞ!」
ヤンガスをにらみながら王様が言った。ヤンガスは照れくさそうに悪態をついた。
「へっ、おっさんに言われなくてもばっちり幸せにしてみせまさぁ。」
「なんじゃと!?昨日まで「エイトの兄貴ぃ〜」とか言って女々しく泣いていたのはどこのどいつじゃ!」
「そ、それは言わない約束でがしょう!?」
「い〜や、やっぱり心配になってきたわい!お前なんぞにエイトはやれん!」
・・・何だか話が怪しくなってきた。
にらみ合っている二人の間に火花が散る。
どうしたものか、おろおろしていると・・・
「あんた達!いい加減にしなさいよっ!!」
一喝。そして、天から大火球が降ってきた。
ボクとヤンガスは、王様を抱えてあわてて逃げる。
轟音とともに、ボクらがもといた場所が焼け野原になる。
「あら、ごめんなさい。ついついメラゾーマが出ちゃったわ。メラミにするつもりだったのに。」
「おいおい・・・ついついメラゾーマなんか出されちゃ恐ろしくて傍にいられないって。」
「あら、ククールはイオナズンのほうがお好き?」
「・・・勘弁してくれ。」
明るい声。見ると、ゼシカとククールが、立っていた。
ボクは驚いて声を上げる。
「ゼシカ!ククール!・・・来てくれたんだ!」
だけど、ククールは浮かない顔をして言った。
「来てくれた、じゃないだろう。俺たちを置いてけぼりにしやがって。」
・・・は?
訳がわからないような顔をしていると、突然ヤンガスが叫んだ。
「あ〜〜!すっかり忘れてたでがす!」
その様子を見て、心底あきれたようにゼシカが言う。
「あ〜らら、お熱いことで。大聖堂から逃げるのも一苦労だったのよ?
それなのに、私達をおいて一足先にとんでっちゃうなんて。
・・・ま、私たちのことなんか忘れちゃうくらい、感動的だった、ってわけねぇ。」
「ゼシカたちもいたんだ・・・ごめん、全然気がつかなかったよ・・・」
そんなボクを見てククールが肩をすくめる。
「ま〜ったく。まさかエイトがこんなに女の子らしいとはなぁ・・・
こんなことならヤンガスより先に口説いておくんだったぜ。
なあエイト?今からでも遅くないぜ、ヤンガスから俺に乗り換えないか?」
ボクの手をとって甘い瞳で見つめるククール。
昔はこの目にちょっとドキリとした事もあったんだけどね。
もう全然心が動かない。
ごめんなさい、ククール・・・
と、言おうとした瞬間。ククールの首に何か縄のようなものが巻きついた。
「ぐぇっ!?」
見る見る顔が青くなっていくククール。
見ると、ゼシカがグリンガムの鞭を手にして世にも恐ろしい形相でククールをにらみつけている。
「ちょっと、こっちにきてもらいましょうか。ククール?」
そのまま、ククールを引きずって歩いて行く。
「ちょっ、ゼシカ〜!やりすぎちゃダメだよ〜!」
「だ〜いじょうぶよ。いざとなったらザオリクするから。」
「ぐ、くる・・・し・・・た、たすけ・・・双龍撃ちは・・・いや・・だ・・・ぁ!!」
そのままお城の外へ出て行ってしまった。
・・・しばらくして、ククールの悲鳴と、ものすごい爆発音が聞こえてきた。
「・・・ククール、生きてるかな・・・」
心配そうに言うボクに、ヤンガスが勝ち誇った表情で言った。
「ま、当然の報いでがすよ。どこの世界に旦那の目の前で女房口説く馬鹿がいるってんだ。
それにしても、ククールの奴完全にゼシカの姉ちゃんの尻にしかれてやがる。おかしいったらないでがすよ。」
げーすげすげすげす。大きな声で笑うヤンガス。
「・・・でも、ヤンガスがあんなことしたら、ギガスラッシュじゃすまないよ?」
笑い声がピタリととまる。汗だくでボクを見るヤンガス。
「い、いやでがすねえ、そんな事このあっしがするわけないでがしょう?
あに・・・エイトを裏切るようなことは、絶対にしやせん。こればっかりは神様にも誓えるでがすよ。」
「どうだかな〜。ヤンガス、胸のおっきなお姉さんを見るといつも鼻の下伸ばしてたしな〜。」
「い、いや、それはつい・・・。これからはエイトしか目に入らないでがすよ!」
「ほんとに?でも、ボク胸ちっさいしな・・・ヤンガスは不満じゃない?」
「む、胸なんか飾りでがす!世の中の男にはそれがわからんのでがすよ!
そ、それに、あっしが大きくするお手伝いもするでがすよ・・・」
「や、やだなあ、もぉ、ヤンガスってば助平なんだから・・・
でも、胸がおっきくなるなら・・・」
「そ、そうでがすか?それなら今日からさっそく・・・」
完全に二人の世界に入るボクたち。
そっか、ボクたちは結婚したんだから、そういうこともしちゃうんだよね。
何だか楽しみだな。早く夜にならn・・・ごつん!
頭に鈍い衝撃が走る。
「いい加減にしてください二人とも!子供も見ているのですよ!」
ミーティアが、おなべのふたを手に、顔を真っ赤にして立っていた。
みると、いつの間にかパーティの準備が整っており、お城の皆がニヤニヤしながらボク達を見ている。
急に恥ずかしくなって、顔を真っ赤にするボク達。
「ひゅ〜!おあついねおふた方!」
「こっちまで恥ずかしくなってきちまうよ!いい加減にして欲しいもんだ。」
「チクショー!!ホントならその役目は俺gくぁwせdrfrtgyふじこlp!!!!」
「あ〜んもう!うらやましいわ!誰か私を奪っていって〜!」
冷やかしの言葉が飛ぶ。
いつの間にか立っていた王様もあきれたように言う。
「まったくどうしようもないバカップル振りじゃ。先が思いやられるわい。
そろそろ宴にしてもかまわんかのう〜?」
顔を真っ赤にしながら、うなづくボク達。
いつの間にかゼシカとククールも戻ってきていた。
・・・ククールは、なんだかぼろ雑巾みたいになっていたけれど。
そして、ボクとヤンガスの結婚を祝うパーティが始まった。
皆、祝福してくれた。
ククールが神父役になり、簡単だけど結婚式も行われた。
幸せだった。ヤンガスも、幸せそうだった。
きっと今日は、一生忘れることの無い一日になるだろう。
・・・微笑みながら、ふと、空を見た。
晴れ渡った空の彼方に、光り輝く鳥が舞っていたような気がした。ほんの一瞬だったけれど。