エロティック注意







































女は捨てねばならなかった。トロデーン城が滅び、残された家臣は自分ひとり。呪われた王と姫君を連れて、あてのない呪いを解く旅をするためには女の身では無力ではないにしろ、あまりにも無防備だっただろう。
だが、辛くはなかった。一人で泣いていた幼い日の記憶からそばにいたトーポ。トーポを追いかけてたどり着いた先のトローデン城。素性もわからぬ身寄りのない幼子のエイトを暖かく受け入れてくれた城の人々。父のように、姉のように接してくれた王と姫。
旅の中で、みなを助けだしたい思いと、使命感がエイトをいつも励ましていたに違いない。
そして、ゼシカ、ククール、ヤンガス。当てのない辛い旅をともに進み、支えてくれた仲間たち。
何度も絶望の淵に立ちながらも、あきらめずに進めたのは、エイトを受け入れてくれた人々・・心のよりどころ・・を助けたい想い。そして自分自身を知りたい想い。なぜ、自分独りがトロデーンの呪いから逃れられたのか、本当の家族は?・・・そしてなぜ自分は捨てられてしまったのか。そのことを考えると、いつも怖くなってそれ以上何も考えられなくなった。
記憶の中に、自分と、ミーティア姫にうっすらと似たシルエットがよぎる。幼いころの自分が、なぜか竜の背がよぎる、あたたなかぬくもり。何かを思い出せそうで、それが何なのかがわからない。もやがかかったようにかき消される・・・。

「・・・・捨てないで・・・独りはもう・・・いや・・だよ・・・」
ぼんやりとした、うつろな目で、エイトはあたりを見渡した。暗い尋問部屋には怪しくランタンの火がかげり、壁に揺らめくシルエットはまるで悪魔が踊っているかのように見えた。獣のような臭いが充満している。鋭い痛みが体に打ち付けられ、エイトはひっ、と悲鳴を上げた。
こめかみに打ち据えられたムチの一撃は、エイトの気を失わせ、再び現実に返すにはあまりにも効果的だった。いっそ夢のままでいられれば幸せだったのだろうが、現実は、悪夢そのものだった。やはりここでは、エイトは独りなのか。
「おい、お休みの時間はまだ早い。本番はこれからだ。俺をがっかりさせるなよ」白い尻につめが立てられ、赤い筋が滴り落ちる。荒々しく小さな胸をつかみ上げ、尋問官は、エイトの顔をなめた。
尋問をするのではなかったのか。男たちの行為はすでにただの遊びだった。ただし、最悪の部類のだ。屈辱の悔しさと、恥かしさにうつむいたエイトの足元に涙が落ちる。女を捨てたエイトだったが、今は、その女の部分に苦しめられていた。なんということか。
「もう、あきらめたのか?そろそろ、質問に答えてくれるようだな。何、俺ほどやさしい人間はいない。」
冗談ではない。守るべきもの、帰るべきところ、探すべきもの。それがある限り、どんなに体が傷ついたとて諦めることはない。
「・・・・だ・・が・・・諦めるもんか・・・・くふっ・・うっ・・・」尻を這う指が止まる。残忍な尋問官のその顔に、憂いの声がかさなる。
「俺はお前が心配なんだ。わからないか?・・・・・そうだ、少し外の話をしてやろう。少しは気分が変わるかもしれない」
「・・・・・」
「お前の大好きなマルチェロ様が、法皇に就任するそうだぞ。そのために、前の法王の暗殺なんぞ受けたのだろう。お前の望む未来へと世界はすすんでいるだろう?良かったじゃないか」
「な・・・」誰がそんなことを望むだろう。最悪の情報だった。この地下牢に閉じ込められてから、いったいどの位の時間がたったというのか。
その表情を確かめてから、尋問官はなだめるように言葉を続ける。
「さっき、お前は、独りはいやだ、とつぶやいていたな」区切るような一言一言は、値踏みをするかのように響いた。
「お前を連れまわしていたらしい、白い馬と、緑の魔物が、いたな」
思わず見上げたエイトの視線が、尋問官の視線とまともにあった。その視線に何を感じたのか、尋問官は深く頷くと言葉を続ける。
「安心しろ。その魔物はトラペッタでつかまって、退治されたそうだ。・・・・お前を捕らえていた魔物から、お前は自由になったんだよ」
「・・そんな・・・・まさか・・」エイトの肩がゆれる。王が、姫が、殺されたというのか。今までの自分の旅はなんだったというのか。帰るべきところ、守るべきところはいったい。
エイトの心が、揺さぶられる。しかし、なぜトラペッタなのか。最後に見た彼らはレティスとともにいたのではなかったか。痛みと、混乱のさなかにあるエイトには、そんな嘘も見抜けなくなっているのか。
「・・・さっき悲鳴が聞こえただろう」いかにも慰めるような声が、気味の悪い笑顔から流れる。
「・・・・あまりにお前がかわいそうだから、お前を苦しめている悪いやつを処刑してあげたよ。胸の大きな女・・・銀髪の男・・・山賊まがいの男・・・」緊張が、氷のようにエイトの表情に広がってゆく。尋問官は、エイトの白い腕を手にとりながら、続ける。
「その山賊まがいのやつがいただろう?可愛そうになあ。あんなやつと一緒にいただなんて、苦労しただろう。大丈夫だ、やつはもういない」
「・・・あ・・ああ・・・」声にならない声が、暗い壁にぶつかる。それにしても、悲鳴なぞいつ聞こえたのか。
「胸の大きなお嬢さんと、銀髪の男はそりゃあ感謝していたよ。涙をながしてな。・・・・だがなあ、改心するといったところで、やつらは罪人だ。」ささやくように、エイトの耳元で何を言うのか。「聖騎士団の牢獄へ移されていった。そこで公開処刑されることになったんだよ。・・・・くっく」
「・・・そんな・・・・いやだ・・・・だれか・・・」
「助けを求める相手はだれだ?俺をみろ・・・お前はまだ独りじゃないぞ」
そう、独りじゃない、まだ・・・希望はある。
体をゆすると、ムチで穴のあいたポケットから赤いチーズがこぼれる。看守も気づいていない。投げ捨てられていたエイトのポーチから、トーポはこそりと這い出してチーズのそばにたどり着いた。その時。
「なんだ、このねずみは・・・お前のねず公か?ふん」尋問官の毛深い手がトーポの小さな体をつまみ上げ、壁にたたきつけた。しばらく動かなかったトーポは、ふらりと立ち上がると、素早く扉の外に走り去った。小さな希望とともに。
エイトのその目に、もはや光はなかった。
「だいぶいい目になったな。いい子だ。・・・・く・・くく」満足げに尋問官は笑うと、エイトのまだうっすらとしか毛の生えていない秘部に手を伸ばした。
「イヤ・・いやっ・・ああああああアア」涙が、絶望が、ただただ悲鳴となって響き渡った。独りきりだった。心が崩れる音がした。


「おい、そこの3人」
つぶやくような二ノ大司教の声。あわゆく、聞き逃すところだった。
「何?」
「仲間を助け出して、ここから逃げ出したいのであろう?」
互いに顔を見合わせる。ゼシカとククールはヤンガスを見た。リーダー不在の今、その役を最年長のヤンガスに求めたらしい。
「どういうことでがす」
「マルチェロのやつが、時期法王に名乗りをあげたらしい」
「何で、あんたがそんなことを知ってるんでがすよ」
二ノ大司教の袖口から、金色のコインが滑り落ちる。いったいどうやって持ち込んだのか。
「こんな地の底でも、金は役に立つもんでな。ましてや仮にもわしは二ノ大司教だ。資産も部下もある。いずれはここを出られる可能性もある」
「それがどうした」
「だが状況が、気持ちが変わった」
「・・・・・・・・」
「わしは、次期法王になるべく、いろんな手を使ってきた。それこそ人に言えないようなことも・・・だ」思い出しているかのように、言葉が途切れる。
「・・・・・・・・」
「マルチェロのやつを抱き込んだのも、その手の内のひとつだった」ククールの目じりが、片側だけつりあがる。
「だが、これだけは信じて欲しい。前法王をわしは心底尊敬しておった。・・・その法王が襲われたとき、助けに現れたのはお前たちだった。本来そこにいるべきマルチェロの姿ではなく」二ノ大司教は座り込む。
「わしは破壊は好まぬ。・・・だが、マルチェロは違うようだ。聞けば法王ではなく、法皇として新たな国を築くつもりらしい。だがそれは変化のためでもなければ、平和のためでもない。あるのは野心と欲望だけだ」
「・・・あっしらにいったいどうしろというのでがす」
「聞けば、今回の事件は法王様の件にかぎらず、もっと大きなものに突き動かされているようだ。そして、それを知るのはどうやらお前たちらしい」
「・・・・」
「わしは真実が知りたい。そして世界は大きな変化なぞ望んでおらん。・・・マルチェロのやろうとしていることはそれとは正反対のことだとわしは思う」
「・・・・」
「それを止められるのは、どうやらお前たちと、連れてゆかれたあの少年のようだ。わしはお前たちに希望を託す」
「ですが、この状況でいったい何ができるというのでがすよ」腕組みをしていたヤンガスが危ぶむようにたずねる。
「わしに考えがある。ただし、それを実行するにはわしの財力とお主らの演技力が必要だ。」口ぶりからは看守でもだますつもりか「・・・何、心配するな。人を動かすコツは理解しているうつもりだ。だてに司教はやっておらん」
その、人を動かす部分で失敗したからここにいるのではないか。言いかけた言葉をククールは飲み込んだ。今は皮肉を言っている場合ではない。そのとき。

・・・・いや・・ああああああああ・・・・

「今のは・・・悲鳴?・・・エイト?でも・・」
「・・どうやら、あまり悠長にはしてられないようじゃな。おい、ちょっと耳をかせ」
二ノ大司教は3人にささやくように耳打ちすると。金貨を牢の外になげだし、床に倒れこんだ。そこにヤンガスがのしかかる。一変、あたりは大騒動の様相となった。
「なんだ、やかましい。どうしたあっ!」看守は転がる金貨を拾い上げて、牢に近づいてくる。
「このおじさんが私の大事な指輪を飲み込んでしまったのよ。スタールビーの大事な指輪を」
「スタールビー?そんなもん隠し持ってやがったのか?」牢の鍵を回しながら看守はゼシカをいぶかしげに見つめる。
「代々伝わる指輪よ。金貨5000枚の価値を下らないわ」
「・・・なにっ、ちょっとまってろ、俺が取り出してやる」看守がヤンガスを押しのけて二ノ大司教に近づいたその瞬間、その後頭部にヤンガスの両こぶしが叩き付けられた。看守はにべもなく、気を失い、倒れた。うまくいった。ふっと、息をつこうとしたその瞬間。
「どうした、おい」奥から、斧を持った看守がやってくる。
「しまった、もう一人いたか。くそっ、やばいな」さすがに素手では分が悪いか。
「脱走かっ。貴様っ」斧がククールに振り下ろされるその瞬間「いてえっ」看守が首を抑える。首にかじりついているのは、トーポ。その瞬間を見逃すククールではなかった。膝が、もろに看守のあごに食い込んだ。
「ぐふっ・・・・」
倒れる看守のそば、トーポは3人を見上げると、奥に走り出す。
「トーポ!何、ついて来いっていってるの?」
「きっとそうでがす。さっきの悲鳴は間違いなくアニキのものでやす。急ぐでやすよ」
3人と一匹は、走り出す。果たしてその先に待つものは。



つづく