(注)この文章には一部性的表現が含まれています。各自の責任でご判断くださいね。







































「まって、ここじゃないかしら!」
二ノ大司教と別れ、ヤンガスの後を追いかけて走っていたゼシカとククールは、一際頑丈そうな鉄の扉の前で立ち止まった。
「今度こそ、頼むぜ」ククールは懐から鍵束を取り出すと、一つ一つの鍵を差込んでは、まわした。3つめ。4つめ・・5つめの鍵で、ついに錠が外れるかちゃりという音がした。
ここにくるまでに開いた扉の数は、すでに3つめであった。
部屋のなかは、暗く見通しが利き辛かったが、かろうじて大き目の収納棚の中が確認できた。剣、ナイフ、小瓶、ブレスレット、ペンダント、指輪、髪の毛の束・・・。
様々な装備品が日付と番号の札とともに、神経質なほど丁寧に並べられている。担当官の性格の一端が窺い知れる。
「・・・・あった。確かにここだわ!」
「・・どれどれ。確かに。・・・ほっ、俺の弓も無事だったか」
2人は、それぞれに愛用の杖と弓を手に取ると、具合を確かめる。どこも壊れている箇所はない。ほどなくヤンガスの斧とエイトの剣、小物をつめたバックパックも見つかった。
「よし、ヤンガスの後を追うぞ。・・あのおっさん、いくら馬鹿力だとはいえ心配だ」
「そうね、いきましょう」
通路に戻り、左にまがるとすぐに金属のぶつかる音と、荒々しい息が響いてきた。戦いの音か。近い。
「・・・・さっそくやってやがるな。急ごう。無茶してなきゃいいが」
岩盤がむき出しの通路を走り、角をまがる。ヤンガスが、3人の屈強な男と対峙しているのが見えた。床には、すでに4人のよろい姿が絶命している。
斧と剣がぶつかり、激しく火花が舞い散る。さらに左から切りかかる一閃を寸前でかわすと、半眼で正面を睨んだままヤンガスは右手の斧を右後ろに振り下ろす。
右側の男の肩を剣ごとするどく断ち切った。返す斧の一閃が、さらに左の兵士の首までを飛ばした。
この男には、後ろにも目があるのか。返り血をあびたその戦いぶりは、まさに魔人と呼ぶにふさわしい。
「やっぱり無茶してやがったか。・・・おっさんっ!!」叫ぶと同時に、ククールは限界まで引き絞った弓を放った。矢はヤンガスのすぐ横をかすめ、正確に正面の衛兵の右目中心を貫いていた。
3センチずれていれば、ヤンガスにあたっていたか。止まっている相手ではない。恐るべき命中精度といえよう。
「大丈夫?ヤンガス」ヤンガスの傍までたどり着くと、ゼシカは引きずるように斧を差し出した。「ほら、愛用の斧。・・・まったく、なんたってこんな重い斧を使ってるのかしら。感謝してよ、苦労して運んだんだから」
「おお。サンキューでやんす」歯のこぼれた手斧を投げ捨てると、ヤンガスは愛用の斧を2度3度軽々と振り回した。
青黒く刃先が光る。重みで強張った肩をまわしながら、ゼシカは斧とヤンガスを見比べた。斧がこれほど似合うやつも珍しい。
「さ、急ぐわよ。エイトが心配だわ」言い終わるが早いか、走り出す。ククール、ヤンガスが続いて後を追う。その前方で天井から鉄格子が下りてくるのが見える。閉じ込めるつもりか。
「やばい!」とククール。扉が完全に落ちるその直前、ヤンガスが受け止めた。
「早く通るでがすっ。ぐおあああああ」ゼシカとククールが潜り抜けるそのとき。
左後ろの路地から、鋭い音をたてて矢が飛んでくる。すんでのところで後ろに跳び退ると、ヤンガスは矢の飛んできた方向に斧を振り下ろす。衝撃波が、弓兵をもろに吹き飛ばす。
「ヤンガス!」
鉄格子をはさんで、ゼシカが叫ぶ。合流したパーティも、今や再び分かれてしまった。ヤンガスの後方から、金属のこすれる音が近づく。
新手が近づいてきたか。だが、音の数からすると、少なくとも3人以上いるようだ。
「あっしのことはいいから、早くアニキのところへ!急ぐでがすっ」
「・・・・わかった。必ず後から追いつくんだぞ。何かヤバイ臭いがする」
まだ迷うゼシカの腕をとり促すと、走り出す。後ろは振り返らない。
ヤンガスは、二人が走り出すのを見届けると、後ろに振り返り、斧を構えなおした。その目をしばらく閉じる。何かを振り切るかのように、そのまま斧を2、3度振り回す。
迷いは晴れたのか。目を見開き、正面を見据える眼は半眼、呟いた。
「・・・来な」

咽ぶような臭いのなか、暗い尋問室に青い吐息が静かに響く。
「・・・まだ、お前の名前を聞いてなかったな。名前はなんという」
獣の口から、驚くべき言葉が。名前なぞ、調書に書いてあるではないか。それを知らないほどおろかな男ではあるまい。
「・・・・エイト・・・・」
苦笑しながら、尋問官はエイトの整っているが涙でぬれたままの顎をつかみ、自分の方に向けた。
「・・・それは本当の名前ではあるまい。・・・本当の、名は、何だ?」
エイトの目が、それる。目を閉じる。恐々と開けた瞳には、涙が。ついに、獣の目と合った。
「・・エイティア・・・・お城では、そう・・・呼ばれていたの・・・・ボク・・・8の月にお城に来たからって・・・・姫様が・・くれたんだ・・・・・・・・でも・・」
「・・・本当の名前は知らない・・・だろう」
びくと体を震わせる。いかにも寒そうに。最も触れられたくない部分だった。しかし、エイトの名前の秘密とは一体なんなのか。
「エイティア・・・・美しい響きではないか・・・・くく・・・・しかし、では、なぜ、女の名前を捨てた?お前はこんなにも美しい娘だというのに・・」
「・・・・・」
「なぜだ?・・さあ・・エイティア・・・」少女の後ろに回った尋問官の舌が、耳元から首筋に流れ、その右手が白いふくらみに。左手は少女の鋭敏な部分に、抱きしめるかのように触れ、それ自体生き物のように動いてゆく。
「あくう・・・いや・・・・いや・・・」
「・・・それは、自分を忘れたかったからではないか?・・俺にはわかるぞ。だが、それは裏切りだ」
「・・・うら・・ぎり・・?」
「そうだ。お前自身への裏切りだ。・・・自分自身を捨てた、お前の過去への、真実への裏切りだ。お前はこんなにも女ではないか」
獣の左手が少女の部分から離れ、その涙であふれる菫色の瞳の前に。そして、長い沈黙。エイト、いや今やエイティアか・・・は咀嚼するように、その指を見つめた。
「それだけではない。ここまで、男だったお前は、自分自身だけでなく、仲間をも裏切ったのだ」
「・・・・・・そんな・・・・・・」
「・・・では、お前の仲間で、お前が女だということを知っているのは?だれか」
トロデ王と、ミーティア姫。言いかけたエイティアは城を出た後、誰にも教えていなかった事実を思い知った。
「そうではないか?ではなぜ、真実を明かさなかった?・・・・それは、お前がお前の周囲にいた人間を信じられなかったからだ。それは、甘えだ。・・・・エイティア・・・お前を理解する人間がいたか?」
「・・・そんなこと・・・わかんないよ・・・」小さく首を振るエイティア。その声は、かよわく、小さく消える。
「・・お前を理解したやつなぞいない・・・・・・そして、俺が、唯一の理解者だ」野獣の右手が、やわらかなふくらみの先端をすぼめる。
「・・・・・いや・あああ・・いや・・・・・」
「・・・・お前の仲間は、まだ生きている・・・・」今頃になって嘘を告白するのは、なぜか?
「・・え・・・」
「・・・・本当だ。だが、お前が女だと知り。それでもなお、お前について来てくれると思うのか?お前を許すとでも思うのか?」
「・・・う・・あ・・・・」首を小刻みに振るその姿は、苦悶。
「・・お前は、裏切り者なのだ。・・・そうだろう?・・・・エイティア・・・」野獣の唇が、舌が、少女の美しく柔らな腹部に触れる。
「・・・お前は、美しい・・・・俺のものになれ・・・・・それがお前の幸せだ・・・・お前の心は、俺に似ている。俺ほど、お前を理解する男はいない・・・」
エイティアの瞳が、野獣の目を見つめる。これが、野獣の思いか。だが、そんな戯言が信じられるとでも言うのか?それが幸せだとでもいうのか?
「・・・・ボク・・・・わたし・・・は・・・・」エイティアのその熟れたさくらんぼのような唇が、震える。野獣は、ある種の確信を持って、その言葉の続きを待った。
その顔に、いやらしげな笑みが広がってゆく。
・・・そしてふたたび、美しくもはかなげな少女の唇がゆっくりと、ゆっくりと開く。
だが、そのとき

「うがっ」
尋問官の首筋に、勇敢な、だが、小さな姿が噛み付いていた。たまらず、筋肉質の腕が、振り払おうと首を叩く。
ヒラリとかわすと、その小さな姿は、エイトの肩にとびのった。たてがみのある、小さなねずみのその目は、真紅に輝いている。
「・・・トーポ・・?」
エイトの瞳に、映し出されたその小さな姿は、再び、尋問官に飛びかかった。だが、筋肉質の太い腕がそれを振り払う。トーポは床に叩きつけられる。
「ちょろちょろとっ。このねずみがああ!おい、看守っ。その汚いねずみを踏み潰せっ」
「・・は・・はいっ・・・・・」それまで、腹を押さえて座り込んでいた看守が、トーポの姿を追いかける。だが、その刹那。
「うごゃあああがあああ」
つぶれたガマガエルのような絶叫が、尋問室に響き渡る。看守の右目にはふかぶかと矢が刺さっていた。そのまま、右目を押さえて前に倒れこみ動かなくなる。
「エイト!大丈夫か!?」
「エイト!」
扉の傍に立つのは、怒りに燃えたククールとゼシカの姿。尋問官は、獣のように咆哮した。
「ごあああああ・・・・何だ、何だ貴様らはあああああ」
続けざまに矢を4発。狙いは全て急所に。だが、野獣は後ろに跳び退り、その全てをかわした。いや、さらにもう一発の矢が。思わず野獣は右足を押さえる。
その隙にゼシカが、エイトに駆け寄った。
「エイト!大丈夫?・・・・エイト?」ゼシカの動きが止まる。その弓の狙い先を尋問官に定めたまま、ククールもエイトの傍に移動する。
「・・・・エイト・・・か?」
2人の見つめる先には、少女の透き通る肌を無残にも全てさらしている、黒髪の美しい少女がいた。
「・・・いや・・・・みないで・・・・・」顔を背け、目をそらす少女。だが、その瞳の菫色、切り裂かれた服の色と形は確かにエイトのものだ。
「・・・・・・」驚きの表情が、ゼシカとククールに広がる。その目が、エイトの顔と白く小さな二つのふくらみを交互する。4つの視線が、うっすらと茂る少女の部分へと降りる。
「・・・いや・・・・いや・・・・」喘ぐエイト。自分の目が信じられないといった表情で、ゼシカとククールの動きが止まる。だが、その数瞬は野獣の体制を立て直すには十分過ぎる時間だった。
「うぐっ」「きゃあっ」
野獣のこぶしが、ククールとゼシカを跳ね飛ばす。なんという力か。折れた矢を右足から引き抜き投げ捨てる。うめき声すらあげぬ。
「ふん、その様子だと、やはりお前らは何も知らぬのだな」
「・・・く・・なに・・」起き上がったククールが、弓を引き伸ばす。だが、その目の前に野獣の筋肉質の体が踊りでる。
「この近距離で、弓が役に立つと思うかっ」その巨体に似合わぬスピードで、左腕がククールの腹を正確に狙う。瞬間の差で、受け流すククール。だが、受け切れない。
よろめくククールにとどめとばかりに振り下ろされるその拳があたる直前、ゼシカの杖が野獣の毛深い背中に打ち下ろされる。
「呪文が使えなくたって・・・」だが、その筋肉のよろいは杖の衝撃を跳ね返した。その隙に飛び退るククールは、背中に背負っていたエイトの剣を鞘から引き抜いた。
メタルのギラリとした刀身が光を放つ。次の瞬間、レイピアのように繰り出される突きの数々。だが、筋肉の巨体は驚くべきスピードで後ろに大きく飛ぶと、脇においてあった矛槍を手に取った。
「・・く・・・強いな・・・・」
「強い・・・・・・・・・・」
「なかなかやる。貴様ら・・・」
互いに息を殺し、向かい合う2人と1人。対峙したまま、互いに隙を伺う時間が続く。果たして、先に仕掛けるのは。

数撃で新手の衛兵3人の首を飛ばすと、ヤンガスは鉄格子に振り返り、引き上げようとする。だが頑強な鉄格子はびくともしない。
「・・く、いったいどうすればこの鉄格子が開くでがすか」回り道を探すべきか。それとも何か別の方法があるだろうか。逡巡するヤンガスの背中に、ゆっくりとした足音が響いてくる。
「・・・くそ、新手か?」斧を構えなおし、近づく音を待った。どうせ、背水の陣なのだ。だが、ゆっくりとした足音が近づくと、それは覚えのある声で呼びかけてきた。
「・・・こんなところで何をしておるのじゃ?」
二ノ大司教だ。あんたこそ、何をしているんだ。そういいかけた言葉にかぶさるように二ノ大司教が話を続ける。
「わしは探し物をしておっただけじゃ。・・・・ふむ、この鉄格子か。・・・・少し待っておれ」言うと二ノ大司教は、岩盤の壁の下あたりを叩き始める。
「あった。・・これか」がちゃりとした音がすると、岩盤の下から、小さな取っ手が現れた。
「おい、おぬしの馬鹿力でこの取っ手を思い切り引っ張ってここの鍵手にくくりつけろ」指差す。
ヤンガスは、いぶかしみながらも、力の限り思い切りその鎖取っ手を引き抜き、言うとおり鍵手にくくりつけた。鉄格子が、開いた。
「うむ、すごい力じゃ。普通は2人で引っ張るものなのだが」
「・・・あっしとあんたで二人いるではないでげすか」
「おぬしは、こんなかよわいじじいに力仕事をさせるつもりか?」両腕を引き、少女のようなポーズを取る。
「・・・・気持ちが悪いでげす。しかし、なんでこんなことを知ってるんでげすか?」
「わしがここの設計を指揮したからじゃ・・・・そんなことより、あの少年はどうした。他の二人は。おぬしは行かなくとも良いのか?」
そのために、この鉄格子を開かせたのだと言わんばかりに、諸手をあげる。
「・・・そ、そうだったでげす。ご免!」言うが早いか、転がるように駆け出す。その後ろから、二ノ大司教は大声で呼びかけた。
「わしは昇降機の近くで待っておるぞ。お前らに渡したいものがあるんじゃっ!」声が届いた証に、ヤンガスは親指をたてた右腕を上げ、走り去った。
「・・・がんばれよ。・・・・いや、もう聞こえんか」一頻り十字を切って祈ると振り返り、昇降機の方角へゆっくりと歩き始めた。
先に動いたのは、ゼシカだった。左から杖を突き出すと、その動きに合わせてククールが右側から剣を振り下ろす。
野獣は矛槍の先で剣を受けると、そのまま回転させ、その長い持ち手で杖の一撃をいなした。思わぬ動きに剣をとられ、よろけるククール。
その一瞬を見逃さない野獣は、左足でそのままの勢いをククールの腹に蹴り上げた。みぞおちにモロに食い込む。
たまらず、ククールはがはっと息を吐き出し前にのめり込む。息のできないククールが胸を押さえ、膝をつくのを確認すると、野獣はゼシカに向き直り、にやりと笑った。
「正直俺は女をいたぶるのが好きではないのだが・・・・」言葉とその表情は、まるで正反対だ。思わず一歩後ずさるゼシカ。
「・・くっ・・・・」杖対矛槍では、分が悪いと判断したのか。杖を野獣に向けて投げ槍の要領で投げつけると、腰に巻きつけてあったムチを振り上げ、床に叩き付けた。
ぴしっと鋭い音が響く。
「・・お前なんか許さない。泣いて謝ったって許さないんだから!墓場とキスでもさせてやるわ。この豚男!」
「・・・このあま!ゆるさんっ!」激高した野獣が叫ぶ。
さながら、猛獣使いとまだ躾のされていない野生の獣のようだ。いや、女王様とご主人様か。相手を従わせて、主人となるのは、果たしてどちらなのか。
獣が突進する。するどいその突きは、正確にゼシカのその豊満な胸を狙う。その切っ先が胸を掠めると、横っ飛びにかわしたゼシカは野獣の足をひっかける。
思わず倒れ転ぶ野獣の背中に、ゼシカのムチが飛び、背中の皮を切り裂く。鮮血が吹き上がる。
「まずは床にキスしたわね。狙いが見え見えなのよ、私の胸に見とれすぎよっ。ふんっ」恐るべしは、ムチではなく女の武器か。
ゼシカは、容赦なくムチの襲撃を繰り返す。その度に、背中の皮が剥げ落ち、鮮血は、滝となって流れ落ちる。野獣が狂おしく苦鳴を上げる。
「女をなめすぎよ、この豚!教えてあげるわ、女はね、男よりも強いのよ!約束どおり墓場とキスするがいいわ!」
ゼシカのムチが野獣の首に巻きつけ、そのムチのとげのひとつひとつが、丁寧に首に食い込んだ。
締め上げるゼシカのムチに、野獣は声にならない苦鳴を上げ、首のムチを外そうと両手をムチにかける。だが、ゼシカの容赦のない締め付けが、徐々に野獣の息を止めていった。
(・・・こいつだけは怒らせるのは絶対にやめよう・・)
やっと息ができるようになったククールが、片膝をたて、ゼシカをはれもののように見つめた。まだ、みぞおちの辺りが苦しい。
「・・ハア・・・ハア・・・やっと・・・落ちた」息をきらせたゼシカが、ほっとして、手の力をゆるめる。その手は汗で濡れている。
そうはいっても、大男と女の力の差はいかんともしがたいはずだ。呪文の使えないこの場所で、よくぞあそこまで戦えたと思う。
野獣の首にからまったムチを外そうと近づいたそのとき。
「・・きゃああ・・」その悲鳴はだれのものか。野獣の左手が、黒く染まり、ゼシカの足首を捕まえている。倒れこむゼシカの腹に、野獣の右手が振り下ろされた。
「ぐぼっ・・・」
モロにくらったその拳に、ゼシカが倒れる。野獣は、ゆっくりと立ち上がると首に巻きつくムチを外した。
その体には、黒く炎のような模様が浮かび上がっている。一体何なのか?
「・・・・確かに、女をなめていたようだ。・・・・女は強い、それは認めよう。だが、油断をしたのはお前たちのほうだったな」
ゼシカが苦しそうに見上げる。黒き炎の紋様をまとった野獣は、魔獣と化していた。その目が赤黒く光っている。なんということだ。ヤツは人ではないのか?
ゆっくりとゼシカに近寄る魔獣の影が、見えない炎のようにゆらめいている。
その黒い炎に、起き上がったククールが切り付ける。メタルの輝きが、魔中の腕に食い込んだかと思うと、黒い炎が魔中の腕からほとばしり、ククールの頭を包み込む。
「前が・・・見えん」
剣をめちゃくちゃに振り回すククール。魔中はゆっくりと近づくと、その黒い左手をククールの右腕に叩きつけた。ぐきっ。鈍い音とともにククールの腕の骨が折れる。剣は、はでな音を上げて床に落ちた。
魔獣は満足そうに2人を見下ろすと、なぜか背を向ける。歩んだ先には十字架に縛り付けれた半裸の少女の姿が。
「エイティア、苦しいか?お前が裏切った仲間が死ぬのを見るのはどんな気分だ?」
「・・・お願い・・・・やめて・・・・」恐怖の瞳を向けるその顔も美しい。
「俺のものになれ。・・・そうすれば仲間の命だけは救ってやろう。・・・どうだ」
そんな約束を誰が信じるのか。人外の魔獣に、人の世の理屈が果たして通用するわけがない。
「・・・・さあ・・・・どうした・・・・・お前の答えは・・・どちらだ・・・・俺ならお前を理解できる・・・愛してやる・・」
エイティアは、目の前の魔獣の赤黒い目を見つめる。その美しい瞳が、魔獣とククール、ゼシカに注がれて、魔獣に戻った。
「・・・ボク・・・・・わたしは・・・・・・」

その先に続く言葉とはいったい。



つづく