「・・わたしは・・・・」その言葉が終わる前に、遮るものがあった。
「だめよ、エイト」
「そうだ、諦めるな。こんなところで諦めるお前じゃないはずだ」
傷は、深い。だがゼシカとククールは、立ち上がる。
「俺たちは、もっと厳しい戦いも乗り越えてきたんだ。まして、追いかける敵は、もっと強大な敵だ」
「そうよ、今は何があったかは聞かないわ。・・・でも、私たちは苦難を分かち合って、乗り越えてきた仲間よ。私はあきらめないし、あなただって必ず助けてみせる」
エイトの脳裏に今までの旅がよぎる。だが、思いのほか、心の傷は深い。
「・・・でも・・・ボクは・・・みんなを裏切って・・・・・」
「そのとおりだ」
魔獣が、ククールと、ゼシカの前に進み出る。
「お前たちの思いやりや、仲間を思う気持ちはわかった。・・だがその状況で何ができるというのだ?希望なら、この俺がつぶしてやる」
ずい、と一歩前にすすんだそのとき。
「アニキっ!」
扉から、転がるようにヤンガスが飛び込んでくる。ヤンガスの目に飛び込んできた景色は、怪しげな男と、傷ついたゼシカと、ククール。そして、なによりエイトの美しくも無残な姿がそこに。
「・・ヤン・・ガス・・・・こっち、みないで・・・」
その視線が耐えられなかったのか、エイトは目をつむり、顔をそむけた。
ヤンガスの顔が、怒りで高潮し一瞬にして真っ赤に染め上がる。全身の毛が、逆立つ。オーラが渦巻いているのが目ではっきりと見えるかのようだ。
「てめえだな。アニキになにをしやがった」
その地を震わせるような低い声。睨みすえるそのあまりにも鋭い半眼からの光。渦巻く気に。魔獣は圧倒されたかのように、後ずさる。魔獣と化した人外のものを怯えさせる、ヤンガスの気のすごさか。まさに魔人と呼ぶにふさわしい。
「てめえだけは、ゆるしちゃおけねえ」
魔獣が、あきらかにひるむ。いまや、この場を支配しているのは間違いなくヤンガスであった。
「うがああああ」
耐え切れなくなった魔獣が、仕掛ける。その今や黒くなった太い両腕をヤンガスに向けて繰り出す。あまりの風圧に周囲に風が巻き起こる。
だが、冷静にその撃を受け流すと、ヤンガスは魔獣の腕を一本、肘から切り落とした。
「うぎゃあああああ」絶叫がこだまする。魔獣の左腕の切断面は、あまりにも滑らか過ぎて美しくさえある。
「お、俺の腕が、腕があああ」
「それは、ククールの分でげす」ヤンガスは、膝をつく魔獣の前に立つと、その腹を思い切り蹴り上げた。魔獣の巨体が、宙に浮く。
「これは、ゼシカの分」
呻く魔獣。あきらかに怯えの色が見える。だが
「くそ、このままやられてたまるか。食らえっ」魔獣の残された右腕から、黒い炎が巻き上がり、ヤンガスの頭を包み込む。ククールがやられた技だ。
「ヤンガスっ」圧倒されて、その場を見つめていたククールが叫ぶ。魔獣は左腕を押さえながら、ゆっくりと立ち上がる。
「これで、お前の目は見えまい。・・・形勢逆転だな。くく・・」魔獣の右腕が、するどくヤンガスの腹に打ち込まれる。
「それが、どうした」
ヤンガスは動じない。魔獣のこん身の一撃は、斧の持ち手に遮られている。魔獣の腹を再度蹴り上げると、ヤンガスはまっすぐ、魔獣の方へと向かってゆく。目が見えないはずではなかったか。
「てめえからは、ぷんぷんとキタネエ臭いがするんだ」
ひるむ魔獣。だが、その拳は再び鋭く繰り出されると、今度はモロにヤンガスの腹に拳が食い込む。苦痛にヤンガスの顔がゆがむ。魔獣が安堵の声を上げる。
「・・くく・・・さっきの勢いはどうした」
「・・・こんな痛み、アニキが受けた痛みにくらべれば、屁でもねえ」
わざと、魔獣の攻撃を受けたというのか。エイトの痛みを知るために。
「そしてこれは、アニキの分だっ」
言うと同時に振り下ろされた魔人の斧の一撃が、魔獣の右腕を付け根から、そしてそのまま右足膝までをも切り落とした。壮絶な絶叫が、魔獣から噴出し。そのまま地に倒れた。

「アニキ。大丈夫でげすかっ。いま、おろしやすから。ちょっと我慢くだせえ」
魔獣が倒れると、ヤンガスはすぐにエイトの傍に駆けつけた。その美しいからだを縛り付けていた紐を、力任せに千切り、そっと、抱きかかえた。ヤンガスの目には涙があふれている。
「・・もう、大丈夫でげすよ。ですが、・・生きてて、本当に生きてて良かったでやす」
男泣きに咽ぶヤンガス。恥かしげもなく、その涙を流し続ける。
エイトは、そんな涙のヤンガスを美しい瞳で見上げ、悲しげに目をそらした。
「・・ごめんなさい・・ヤンガス・・・ごめん・・なさい・・・・」
「・・・今は何もいわなくてもいいでやすよ。話はあとでゆっくりきくでやすから。今はとにかくここをでるのが先決でやす」
安堵なのか、緊張の糸がきれたエイトは、ヤンガスの腕のなかでそのまま気を失った。
「二人とも歩けるでやすか」
「ああ」
「・・なんとか、ね。大丈夫?ククール」
ゼシカが、腕の折れたククールを支える。
「ククール、マントを貸すでやす」言い終わる前からひったくる。ヤンガスはやさしく、エイトをマントで包み込んだ。
「二ノ大司教が昇降機のところで待ってやす。ここを出やしょう」
3人がゆっくり歩き出す。扉を出ようとしたその時。
「・・・き、きさまら・・・・」
床に倒れていた魔獣が首だけを上げて、3人を見ていた。ヤンガスの斧の一撃で死んだはずではなかったか。
「・・しつこいやつめ。まだ、生きていたのか・・・」ククールが呟く。何かいやな予感がする。打ち消すように首を振るククール。
「どうせ、ほっておいてもあの傷では死ぬわ。今は急ぎましょう」2人を促して、ゼシカは歩み去ろうとする。
「・・くあああ・・・はああああ・・」魔獣の様子がおかしい。その背中が盛り上がり、大きくあけたその口に光が生まれる。
「なんかやばい、みんな逃げろ」ククールがいち早く気づき、廊下へとちらりと顔を向ける。
だが、3人と魔獣の間に立ちふさがったのは、なんとトーポだった。
「トーポ!」ゼシカが叫ぶ。
トーポはその手にしていた、床につぶされていた、エイトのその血で、体液で、苦しさでまみれつづた赤いチーズを口にする。
その目が青く光ると、あまりにも白い、光そのもののような真っ白な炎が吐き出される。黒い紋章をまとった魔獣の姿がつつまれる。
「・・・そうか・・お前は・・俺と同じ・・・気づくのが・・・おそかっ・・・・・・・・・」
魔獣の声は、閃光にかき消され。やがて光はおさまった。
まぶしさに思わず目を瞑った3人がゆっくりと開けた目で見た先には、人の形をした黒ずみが残されているだけだった。

昇降機に3人がたどり着くと、二ノ大司教がそこで待っていた。
「おお、無事だったか。戻り遅いから心配したぞ」両手になにやら抱えながら、3人に近づく。
「おお、少年も無事だったか・・・・いや、少女か?」
二ノ大司教は、エイトの長い黒髪と、胸のあたりの肌にふくらみが見えるのを確認すると、訂正した。
「まあ、よい。それより、これをお前たちに預けておく」
「これはなんだ?」
二ノ大司教から紙の束と、手紙を受け取ったククールが尋ねる。
「お前たちの旅をおそらく助けてくれるものだ。この書類は、マルチェロが行った非道の数々を示す指示書の控えだ。中にはわしが書いたものもあるがな」
「・・・でもそれじゃあ」とゼシカ。首を振る二ノ大司教。
「それと、その手紙は、各国の王や有力者への協力要請だ。わしが書いておいた」
やること、とはこれのことだったのか。
「お前たちがこれから挑む戦いは、力だけではだめじゃろうて。それから」
二ノ大司教は、自分の首にかけていた首飾りをはずし、ヤンガスの手の中で気を失うエイトの首にかけた。鎖の先に、メダリオンがついている。竜をモチーフにした美術模様が入っている。
首飾りを二ノ大司教がエイトの首につけると、気がついたのか、うっすらとエイトが目を開け、また閉じた。
「それは、代々わしの家に伝わるメダリオンじゃ。身に着けるものを守り、神々へと導いてくれると言われておる。これは、その子にやろう。せめてものはなむけじゃ。・・・さあ、何をしている。脱出するぞ」
いうと、二ノ大司教は、3人を昇降機に押しやった。
「おい、・・・はやくのれよ、まだ、余裕がある」
「だめじゃ」首を振る大司教。その顔には暖かい笑みが浮かんでいる。
「この昇降機を操作するには、だれかかここに残らねばならん」
「そんな。じゃあ、上から操作して、おっさんを上げてやるよ」
「そういうわけにはいかん。この昇降機は外部からの進入を防ぐために、ここからしか操作できないようになっている。いったはずじゃ、ここの建設指揮をとったのはわしじゃと」
そういうと、二ノ大司教は、近くにあったレバーをひく。昇降機が動き出す。
「わしの、わしらの希望はお前たちに託したぞ。がんばれ」
「大司教!」ククールが叫ぶ。昇降機はそのまま上まで進んでいった。


太陽の光がまぶしい。潮風と、冷たい空気が心地よい。実に数ヶ月ぶりの外であった。
ヤンガスは、やわらかそうな草の茂みにゆっくりとエイトを下ろし。回復呪文でエイトの傷を癒し始めた。
ククールは回復呪文で自分とゼシカの傷を癒してゆく。ゆっくりと、その傷がふさがってゆく。
ゼシカがうさを晴らすように空中に向かって呪文をとなえ、一際大きな炎の玉を打ち上げている。それはまるで花火のように空中で広がっては消えていった。
繰り返し、呪文を唱えつづけるヤンガスの手の下で、ゆっくりとエイトが目を開けた。あたりを目だけで追い、ゼシカ、ククール、そしてヤンガスを見つめた。
「気がついたでやすか・・・・・もう、だいじょうぶでげすよ」やさしく、ヤンガスが語りかける。
「・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・・」
エイトの大きな菫色の瞳に、涙があふれ、流れ落ちる。だが、様子がおかしい。
「ボク・・・・・・みんなをだましていた・・・あいつがいったようにみんなを、裏切っていた。許してもらおうとは思わない。でも・・ごめんなさい・・ごめんなさい」
沈黙が、流れる。
「もう、しっていると思うけど。ボクは本当は女なんだ・・・」
起き上がって、座ると、エイトをくるむマントがずれる。あわてて、胸を手で隠す。
「トロデーン城を出るとき、王様の進めもあって、ボクは女を捨てて、男として旅にでた。何が起きるかわからない外の世界では、身が危ないだろうって。」
「・・・・」
「最初は、それでいいと思った。でも、ヤンガスやゼシカ、ククールが仲間に加わって旅を続けていくうちにボクは怖くなった」
「・・・」
「いつまでも、こんなこと隠しててもしょうがない。けど、いうタイミングをなくして。」
いつのまにか側に座り込んでいたゼシカが、やさしく声をかける。
「べつに気にしなくても、いいのよ。そんなこと。同じ女同士だもの。気持ちはわかるわ」
「違う!」怯えたように、エイトが叫ぶ。そのおおきな瞳には涙があふれている。
「ボクはみんなを信じてなかったんだ。ボクは幼いころの記憶がない。いつも孤独だった。だれも、ボクを理解してくれないし、ボクのことを本当に心配してくれる人なんて、愛してくれる人なんていなかった」
「・・・・・」
「それでも、お城の人たちはこんなボクを育ててくれた。そのお城が呪いにかかってしまったとき。ボクは死んでしまいたかった。また、独りになるのは。いやだった。でも、なぜか無事だったのは、ボク独りしかいなかった。なんで、ボクが」
「・・・」
「ボクがみんなをだましていたのは、本当のことを知ったら、きっとみんなボクのことを嫌いになってしまうと思ったから。・・・怖かったんだ・・ああああ」
そこまで、一気に喋ると、エイトは大きく声を上げて泣き出した。心の闇とは、地下での出来事とはこんなにも少女の心を傷つけていたのか。
重圧に、誰も声を上げず、沈黙の中エイトの泣き声だけが周囲に響く。

「アニキ・・・アニキ」
ヤンガスの声にも耳をかさず、エイトはただなきじゃくる。涙が、次の涙をさそうように止まらない。
「アニキ・・・・・。・・・・エイティア」やさしく、ゆっくりとヤンガスが名前を呼んだ。だが、なぜヤンガスがその名前を知っているのか。
「・・・ヤン・・・・ガス・・?」泣き声が、止まり。エイトはその涙でぬれた大きく美しい瞳でヤンガスを見上げた。
「そんなこと。最初から知っていたでやす」ヤンガスがやさしくエイトを見つめる。
「・・・なんで?」
「なんでって。そんなきれいでやさしい目をした男なんかいないでげす。それに、男はそんなやわらかい手はしてないでげすよ」二人が最初に出会ったときが、エイトに思い起こされる。
「でも・・・・」
「それに、あっしらが最初に会ったのは、あの橋じゃないでげすよ」
「・・・え?」思い当たらない。
「こんなこと、人には大きな声じゃ言えないでげすが、昔、お城に盗みに忍び込んだとき。目の大きなかわいい女の子が泣いているところに出くわしたことがあったでげす・・・」
うっすらと、少女の幼い日の記憶がよみがえる。お城に来て間もないころ、洗っていたお皿を割ってしまい、ものすごい剣幕で怒られた夜。建物の外で、孤独と空腹に苛まれ独りで泣いていたとき。声をかけてくれた人を思い出した。
その人は、一しきり抱きしめて頭をなでてくれると、ちょっと待ってろといって、戻ってくると、見たこともないようなきれいなお菓子と、決して口にすることのできない柔らかなお肉を食べさせてくれた。エイトが初めて人の優しさに触れた夜だった。それから、その人は時々お城にやってきては、泣いているエイトを慰め、エイトの話を辛抱強く、全て聞いてくれたのだった。
そして、最後の夜、その人は事情があってもうここにくることはできないといってから、独りにしないでと、嘆き涙を流すエイトを抱きしめ、必ずいつか迎えに来るからと約束して、赤いきれいな宝石のついた指輪をエイトに渡したのだった。

「ちょっと。話がよくわかんないんだけど。説明してよ」
ゼシカが、困惑した面持ちでエイトに尋ねる。エイトは、幼い日々の出来事を包み隠さず話した。
「・・・・なるほどね。こら、このロリコンオヤジ!」持っていた杖で、思い切りヤンガスの頭を叩く。
「ふうん。そんなことがねえ。・・・・だけどさあ、俺もエイトが女だってことは知ってたぜ」
「・・・・え?」エイトがククールの顔を見る。
「・・・いやあ、偶然にふろあいやいや」
(ゼシカの風呂を覗くつもりでいたら、見てしまったなんていったら、殺されそうだな・・・)
「ふろあ?」
「コホンッ・・。いや・・だってお前、男のくせにひげが生えてこないじゃないか。全然」
「・・・あっ」エイトと、ゼシカが同時に叫ぶ。エイトのは理解できるが、ゼシカのは?
「もしかして、それって、あたしだけ知らなかったってこと?」
「そうなるな」
「むうう」ゼシカが、頭をかかえる。「じゃあ、なんで言わなかったのよ」
「いや、だって、ボクっていう女の子なんていないわけじゃないし。事情があって変装しているんだろうにしか、思わなかったし。・・・人には話しにくい事情って、みんなそれぞれ持っているものだろう?普通」
「・・まあ、いいわ。でもね、エイト。わたしだって、兄さんのこととか、杖に操られたこととか、人には言いたくないことぐらいあるわ」
「・・うん」
「だから、あなたの思っている心配は無用よ。許すも許さないもない。ただ、ひとつだけ覚えておきなさい」
「なに?」
「女って、強いんだから。私をみれば、わかるでしょう。」胸が揺れる。エイトは自分の小さな胸と思わず見比べた。つられて、ヤンガスとククールがふたりの胸をみやった。ごん、ごんとゼシカの杖が男共の頭を叩く。
「そうじゃなくて・・・あなたは強くて、かわいいんだから。自信を持てってことよ」
「そうでげすよ」言ってさらに照れるヤンガス。
「ううむ、そうか、そんなことがあったのか」
「げげ、おっさんいつの間に!?」派手にヤンガスが驚く。いつの間にか、トロデ王の姿が側にあった。
「エイトには良かれと思って、勧めたことじゃったが。苦しめてしまったようじゃの。・・すまんかったな。・・・エイティア」
「王様。いいんです。私はそんな王様の気遣いに感謝こそすれ、謝られることなんてありません。それより、ここには一体どうやって?」
緑色の小さな腕が、海の方をまっすぐ指し示した。船がそこにあった。
「まったく。探すのにえらい苦労したぞい。まさか、こんなところに連れられておるとは。もう少しわかりやすいところにつかまらんか。まったく、手間のかかる家臣たちじゃ」
「・・いや、俺は家臣になった覚えがないんだが・・・」「あたしも」「あっしもでやす」
「・・・・なんと冷たいやつらじゃ」苦々しげにつぶやく。
「そんなことより、おっさん。」ククールが懐から紙束を取り出す。二ノ大司教から託されたものだ。
「なんと、ふむ。そんなことが・・・ううむ」唸るトロデ王。手紙の中には、トロデ王に向けたものもあったようだ。
「じゃが、わしの国はあんな状態であるし。わしもこんな呪われた魔物の姿ではなあ。いや待て・・そうか。手紙か。」
得心がいったのか、手をぽんと打つ。
「わかった。これはわしが責任を持って、処理しよう。お前たちでは荷が重そうじゃからな。それより」
トロデ王は鋭い目でヤンガスを見つめた。
「あとで、城から盗んだもののリストアップをしてもらおうか。盗んだ分は余すことなく働いてもらうからそのつもりで」
「げげ、かんべんしてくれでやす」
追い掛け回すトロデ王と逃げるヤンガス。皆が、とびきりの笑顔で笑う。

仲間はまたひとつに戻り、旅は続く。今までよりも強いきずなで・・・・。




「心の闇」   <了>