ぱちりぱちり。野営の焚き火のはぜる音が、深い森の中に小さく響いている。
ヤンガスは黙って山賊の斧を右肩に担ぎ、見つめていた。
小さな星星が満天に輝く瑠璃色の夜空の下、可愛らしい白馬こと馬姫ミーティアの世話をしている、エイトの傷付いた横顔を。

己の性を封じ込め、男として旅を続けているエイトが、絶えず体に生傷を作っているのはそれこそ当然の事象であった。
荒々しい野山や獣道などで、木々や茨を切り払い。歩くうちに、我知らずに出来た擦り傷切り傷。
そして猛々しい魔物と幾多もの戦闘を繰り返すうちに、負って出来た傷。
今日は、右頬に新しい擦り傷を作ってしまっている。ドラキーの爪にやられたのだ。
兄貴…。
ヤンガスはその様なエイトの姿を、苦い表情をして見つめていた。
ヤンガスはエイトが女であることを知っている。

最初に出会った時は、当たり前の如く男だと思っていたが。二人で宿に泊まるうちに、…同室も多かったせいか、ひょんな出来事からエイトが女であることを知ってしまった。(入浴時に鉢合わせてしまったのだ)
ヤンガスは尊敬する大切な兄貴が姉御だと知り、それは大層驚いた。
そして、秘めたる想いが確実なものになっていくのを改めて自覚した。
ヤンガスの知っている「女」と言えば、あの名高い盗賊ゲルダをはじめ、パルミドの商売女達だ。
女達は皆、髪を綺麗に手入れして櫛で梳き、髪飾りで高々と塔の様に結い上げていた。貴族の令嬢、はたまた何処かの姫様達を真似するかのように。
安化粧であろうとも、己を夢見る蝶へと変身させる為。
煌びやかで挑発的な衣服に身を包み、顔には白粉、瞼には色粉、唇には紅。爪指だって花の汁でぴかぴかと艶やかに彩り染めていた。
そんな女達を知っているからこそ、ヤンガスにはエイトのことが一層不憫に感じられた。
悪徳の街――パルミドの女達があれで幸せだとは限らないであろうが、それでも女が女であることを最大限に発揮している。
足に無惨な豆をこさえなくてもよい。柔肌にしなくてもよい傷は拵えないであろう。第一、女は剣を手に取り握らない。
所詮つもりではあるが、ヤンガスはエイトのことを誰よりも理解しているつもりだ。共に過ごした時間は短くても。
エイトがそういう女では無いということを解りすぎるぐらいに。

エイトは他人が傷付くくらいなら、己から率先して傷付いて行く人間だ。
他人の為でも、笑って死ねるような、信じられない程善人な気質だ。
そんなエイトにヤンガスは命を救われた。

大事な大事なエイトの兄貴。惚れている。愛している。
誰よりも大切で、何よりも尊敬している。

せめて…。その優しく美しい身体に、エイトという器がそれ以上傷付くことが無いように。
守ってやりたい…!!

これは。まだ。魔法嫌いだったヤンガスが、ホイミやメガザルなどを覚える前の、きっかけとなった話。

糸冬