ミーティアとトロデ王は来ていない。
エイトが知る人物は親戚であるクラビウス王とチャゴス王子なのだがそれでも肩身の狭い誕生会だ。
さっきチャゴス王子を怒鳴りつけてしまった。
あの傲慢な王子のことだ、きっと後で嫌がらせを仕掛けてくるだろう。
いろいろな事がマイナスとなり、エイトはとにかくトロデーンに帰りたくて仕方がなかった。

トロデーンの皆と一緒にヤンガス、ククール、ゼシカもだなんて。
欲張ったから罰があたったのかも・・・・
おまけにトーポも肉親とわかっておめでた続きだというのに。

「何?チャゴスが見つからないだと?」
隣の席で酒を嗜んでいた王が駆け付けた兵目掛け素っ頓狂な声を上げた。
「このめでたい席にまたカジノ通いか・・・!探し出し捕まえて来い!」
「・・・ボクも探してきます」
退屈な宴の席よりはよっぽど気晴らしになるだろう。
「エイト!宴の主役なくしてどうする?!チャゴスのことは家臣たちに任せておけばいいのだ」
エイトが姪だとわかってからと言うもの、クラビウス王は何かとエイトを甘えさせたがる。
兵士として育ったエイトにとって、それはうざったくてならない。
「大丈夫ですよ、チャゴス王子の扱い方にはだいぶ慣れましたから」
そう言ってエイトはスルスルしたドレスの裾を捲し上げて駆けていった。
後から、足をそんな大勢の前でみせちゃいかん!とおろおろ心配げなクラビウス王の声が聞こえたような聞こえなかったような・・・

探し回らなくともすぐにチャゴスは見つかった。
また部屋に閉じ篭っているのだ。
今回トーポはトロデーンに置いて来てしまって天井からトカゲを落とすなんてことはできない。
さてどうするか・・・・
困っている兵士に何か閃いたのかエイトが耳打ちする。
「え・・・?そんなものどうするんですか?」
「多分役に立つと思うんだけど・・・この箱いっぱいにね」
両手に収まるくらいの空き箱を兵士に手渡すとチャゴスのいる部屋をノックする。
「チャゴス王子、ボクです・・エイトです」
何度かその後でノックしてみたが、返事はなかった。
「やっぱり怒ってるのかな・・・どうすればいいと思う?」
集まって様子を伺っていたメイドに聞くと小首をかしげて唸るばかり。
「エイト様ぁ!」
そんな時、先ほどの兵士が息を切らしてやってきた。
「言われたもの・・これくらいで大丈夫でしょうかぁ・・?」
「うん、ありがとう」
箱を受け取ると、中で何やらがさごそ蠢いている。
再三扉をノックして少し大きめの声で呼びかけてみる。
「チャゴス王子!扉の近くにいたら離れてくださいね!」
皆も離れて、と忠告すると扉に向けて手を掲げた。
精神を集中させ、手が淡く光る。
「ライデイン!」
眩い閃光と共に轟音が鳴り、扉はおろか壁まで粉砕された。

砂煙が薄れていく中、ぶるぶると震えながら腰を抜かしているチャゴスと目が合った。
「ぞ・・賊だ!こいつは自分が王族だったからって僕を葬るつもりなんだぁ!」
「もう・・・そんなこと言ってないで、王がお呼びですよ!アルゴンハートの件から少しは成長したかと思ったのにな・・」
「僕は行かないぞ!誰がお前の誕生日なんか祝うもんか!」
「・・それは王子の御勝手で構いませんけど・・・」
さすがにムッとした表情でエイトは言葉を濁した。
「それならほっといてくれよ!お・・お前だって本当は僕と関わりたくはないんだろ??」
子馬鹿にしたような笑みを浮かべて、無理やり開き直るチャゴスに深くため息をつく。
「本音を言ってしまうとそうだけど・・・でも・・これで終わったら悲しいじゃないですか」
「・・・・・」
「とりあえず一緒に行きましょう?ボク、王に頼んですぐに帰る準備しますから」
「そ・・それなら僕が行く必要なんて・・・ひぃ?!」
チャゴスの眼前に緑色の小さな生き物が突きつけられる。
大嫌いなトカゲだ。
「さぁ、これで後戻りはできませんよ!王子の後ろにどんどん置いていきますからね!」
「なんて娘だ・・・!ほんとにあのミーティア姫と同じ境遇で育った女なのかぁ?!」
「生憎ボクはお姫様じゃありませんでしたから・・さぁ、前に進むしかないですよ」
まるで種を蒔くように、トカゲがそこらじゅうに蒔かれていく。
そればかりか、このトカゲの種は足元をちょろちょろと動き回るからたまらない。
「なるほど、こういう使い方があるんですねぇ」
兵士が感心して手を叩いた。
脂汗を浮かべながらチャゴスは爪先立ちで宴会場へと進んでいく。

「あのチャゴスが言うことを聞くとは・・・」
ぜぇはぁと苦しそうに息を吐くチャゴスを見て、クラビウス王も目を見張った。
「しかし、もう帰るというのか・・・・?楽しみはこれからだと言うのに」
「はい、皆が待ってるし・・・それに、ここはボクには大き過ぎて・・・」
「ううむ・・・残念でならんな・・・・お前のために素晴らしいゲストも招いていると言うのに」
「ゲスト?」
ぽかんと小首を傾げるエイトに、クラビウスが「足!足!」と気になっていた裾をおろす様に忠告する。
「あー・・そろそろ来てもいい時間なのだが」
「あ・・・!アイツらは・・!」
チャゴスがまた脂汗を浮かべている。
「姉御ぉ!お待たせしてすまねぇでがす!」
「え・・・なんでヤンガス達が??」
嬉しさを隠し切れないでいるエイトに、ヤンガスが花束を渡す。
いつもの格好に不器用に作られたブーケ。
「可笑しいだろ?キャラじゃないからよせって・・俺は言ったんだがな」
ククールとゼシカは礼装できめている。
それだけにヤンガスの存在が際立って見える。
「おいおい!オマエらは招待なんてされてないはずだぞ!」
「オホン・・・わしが招待したのだ!大事なお客人に失礼であろう」
父親に制されてチャゴスが再び大人しくなる。
「じゃあ・・・ゲストって君達だったの?」
わぁ!と歓声をあげてヤンガスに抱きついた。
「あああ・・・姉御!あっし慌てて来たんでその・・ドレスが汚れるでやすよ///」
「何言ってるのさ!そんなの構わないよ、いいですよね?叔父様!」
「へ・・??あ・・・ああ!もちろんだとも・・・ドレスの一つや二つ」
クラビウスの言葉に安堵の息を吐くと、ヤンガスであるかを確かめるようにまた抱き直した。
「・・・そっか・・クラビウス王はエイトの叔父様なのよね、忘れてたわ・・・」
「それよりもマズイんじゃないか?ヤンガスの懐にトーポ入れてたんだろ?」
『あ・・・・』
ククールに言われてヤンガスから身を離すと、潰されかけたトーポがぽろりと床に落ちてきた。

その後、グルーノに散々説教されたのは言うまでもなく・・・

後からトロデ王とミーティアも駆け付け、静かに仲間で楽しめるようにとのクラビウス王の配慮で屋上のテラスがエイト達に解放された。
「姉御・・・・女物のプレゼントとなったら花しか思いつかねぇあっしを許してくれでげす!」
テラスの隅へエイトを連れ出し、ヤンガスが深々と土下座する。
「まったくだよ・・・ヤンガスってば、ボクに花が似合うと思ってるの?」
「似合うでがすよ!そりゃあもう・・・って・・・やっぱ気に入らないでげすか・・・」
落胆の色を浮かべるヤンガスに少し困った表情を浮かべながらエイトはしゃがみこんだ。
「そんな意味で言ったんじゃないよ、ごめんね・・・いい匂いだよね」
小さなブーケを鼻に押し当て深呼吸する。
「ボクには似合わないけど、部屋に飾ったら素敵だろうね」
ふふ、と小鳥の囀るような笑い声が零れ、赤く俯いてしまう。
「・・・あっしは女性としての姉御も素晴らしいと思いやす!だから、その・・・自信持ってくれでげす」
「ヤンガス・・・」
「こんな男でげすが・・・あっしは姉御の魅力なら一番わかってるつもりでがす!」
「・・・・この花・・髪に飾ったら似合うかな?」
その言葉にヤンガスはうんうんと勢いよく首を縦に振った。
「ありがとうヤンガス、花はすぐに枯れるけど」
「へ・・へぇ・・・」
(しまった・・・そういう事まで考えてなかったでがす)
「でも・・・君の優しさはずっと残ってるから、すごく嬉しいよ!」
満面の笑みを浮かべるエイトにヤンガスの目頭が熱くなる。
「あ・・・姉御ぉ・・・・」
(姉御最高にかっこいいでがす!!!!)

少し離れた所からククールたちはのんびりと酌を交わしながら、そんな二人の様子を伺っていた。
「アイツら、さっきから隅っこで何やってるんだか」
「うーん・・・私には夫婦漫才やってるように見えるんだけど、気のせいかしら?」
「ふむ・・・あのヤンガスとかいう者なかなかの器、エイトがまっすぐ育ってくれたのも彼のおかげか」
「いやいや、クラビウス王!わしだって教育はしっかりとですな・・・」
「お父様!いつの間に?!」
サラダばかりを馬のようにがっついていたミーティアがここぞとばかりにヤンガスの台詞を奪う。
「さっきからおったわい・・・それよりミーティアよ、そろそろ人間としての生活に慣れたらどうだ」
「おお!そうか・・・そうだ!チャゴスも私やエイトのようにあーゆー相手を与えたら真っ当な青年になってくれるやもしれん」
あーゆー、とヤンガスの体型を表した手の仕草で表現してみせる。
「どうだチャゴス?あのようなオナゴは」
「よ・・よよよしてください父上!」
それを聞いてチャゴスは顔を青ざめさせる。
「しかし困ったものだ・・・ミーティア姫はおろか、エイトにも振られたところであろう」
「う・・・そうだ父上!父上はおっしゃいましたね!自分で取られたものは取り返せと」
巨体を揺すりチャゴスはエイトたちの元へと駆け寄った。
今度こそ!という思いはあったが、あっさりとそれは崩れ去った。
傍まで来たところで「ひぃ」と情けない声をあげて、またどこかへと逃げていった。
「・・・なんか用だったんスかねぇ・・?姉御、この箱チャゴス王子のでげすよね?」
既に空となったトカゲ入れを返そうとした所での出来事だった。

ハッピーバースデー!
サザンピークの夜空に仲間たちの声が吸い込まれていく。

エイト18歳の誕生日であった。