エイトが嬉しそうに武器屋から戻ってきた。
細い腕にはしっかりと抱えられた鋼の剣。
買い物の後のおつりやらなにやらをこつこつためていたらしい。
結構な大所帯になってしまったため、食事代から宿代から全てが全て節約第一になっていた。
体力の差を考えて、まず装備をそろえるのはゼシカ、次にククール、そしてヤンガス。
エイト自身はここ数ヶ月まともに武器も防具も買い換えていない。使い込んで手に馴染んだハイブーメランは
かなり前に手に入れたブーメランを釘と錬金してこしらえたもの。
いい加減威力も弱まってきていたが、本人が気に入っているのと諸般の事情で結局そのままになっていた。
ようやっと手に入れた新しい武器をながめ、指でその冷たさを確かめながら、忘れかけている剣術の基本動作を思い出す。
柄を握り締めると、旅を始めたころの緊張感が戻ってくる。静かにまぶたを閉じ、今後の戦闘をイメージする。
色あせてはきているものの、まだまだきれいなままの黄色いコート。ヤンガスは調整に入ったエイトを見ながら、
少し苦味の混じった顔をした。

試し斬りと言えば言葉は悪いが、身体が軽くなったかのように勢いづいてエイトは魔物に挑む。
いつもは先に出ているヤンガスに動きを合わせ、連携を取りながら次々と片付けていく。
後方支援の二人とは距離を置き、魔物の注意を自分達に引き寄せながら、習い覚えた動きを繰り返す。
しばらく使っていなかったのに、身体はちゃんと覚えていたらしい。反射的に急所を捉え、一閃する。
頬の端に血が飛ぶ。エイトのではなく、魔物の返り血。コートに飛んだそれがまだらな模様を作っている。
ヤンガスが飛び、高い位置から魔物を殻ごと叩き割る。隙間を抜ける魔法はヤンガスに気を取られた魔物に直撃し、
爆音が響き渡る。
一通り戦闘を終えると、日が暮れかけていた。夕日の色に照らされる一行。
血の匂いにあてられたのか、トーポが息苦しそうにポケットから顔を出した。
「兄貴は何で急に剣を使おうと思ったんでがすか?」
「ん?」
枝にかけたコートが重そうに揺れている。かなり派手に汚してしまったので洗ったのだが、
裾の部分を中心に褐色の斑点が残っている。焚き火のはぜる音が小川の音と混ざり、流れる。
「急にってわけじゃないよ。本当はもっと前から使いたかったんだけど、お金なかったから」
「もっと前からってことは、あまり気に入らなかったんで?」
「まさか。あれものすごく便利だよ。だからあんなに使い込んだんじゃないか」
「あっしが兄貴にあげてからずっとでがすからねぇ。壊れかけたのを修理がてら錬金して」
「ヤンガスがくれたものを粗末に扱うわけないでしょ」
「そう言われるとかゆくなるでがすよ」
布地の乾き具合を確かめ、もう少しかなとつぶやく。乾くにしたがって斑点は薄くなっていくが、やはり完全には消えない。
本来なら、もっと前からこんな風に汚れているはずなのだ。今の今まできれいなままだったのはありがたいようで、情けない。
ヤンガスが自分の蓄えでエイトにブーメランを買ってから、エイトの戦いでの役割が変化した。
ゼシカもククールもいないころはそれで十分に分担ができていたのだが、今は状況が違う。
とはいえ、明らかに攻撃力で劣る兵士の剣を引っ張り出すわけにもいかず、今日までずるずるとブーメラン使いをこなしていた。
早速汚れがこびりついた刃の部分を磨く。慣れない事をしたせいか、腕が妙に疲れている。
青い服からのぞく腕と、新しくついた生傷。
上着を着ていない状態だと、エイトは普段にも増して小さく見える。小さいからといって儚いわけではないのだが。
どこか満足げに手入れをする姿を見て、ヤンガスはなんともいえない気分になる。
エイトは知らないのだ、ブーメランを持たされたその本当の理由を。
「兄貴はもうブーメランを使う気はないんでがすか」
聞いているのか念を押しているのか微妙な調子に、エイトが手を止めた。少し考えるように上を向いてから答える。
「使う気はない、というか。後方支援三人もいらないでしょ?ゼシカが鞭で、ククールが弓。このうえ僕までブーメランだったら、
まるで見物客みたいじゃない」
「あっしはそれでもいいんでがすがね」
「僕はよくない」
あっさり返すと、ひょいとヤンガスの手を掴む。何事かと顔を赤らめるが、そんなことはおかまいなしに手のひらをながめ始めた。
「豆、いくつできてる?」
「…さぁ、数えたことなんてないでがすよ。いつものことでがす」
「僕はゼロ。ブーメラン使い始めてからずっとできてない。ずいぶんときれいな手だよ、兵士のくせに」
ひとつ、ふたつ…声を出して数えるエイト。その指の動きはどこか楽しんでいるようでもあり、悲しんでいるようでもあり。
ななつ、かぁ。ずいぶんたくさんできてるんだね。そりゃ、ひとりで前線張ってりゃ豆のひとつやふたつできるでがすよ。
ツボの刺激をするように、豆のひとつひとつを指で押していく。こんなになるまで、頑張ってくれているんだね。
でも、大丈夫。これからは僕も手伝えるから。
「…兄貴?」
「そういうこと。前はさ、二人しかいなかったから僕がサポートしてもよかったけど、今はゼシカもククールもいる。
僕だって一応前線に立てるくらいの体力はあるんだ。なのにヤンガスひとりに先頭切ってもらうのはおかしいよ」
心拍数を悟られないようにしながら、ヤンガスはエイトの顔を見る。少し悔しそうな、懐かしそうな。
「一番最初のころのこと、覚えてる?ブーメラン買ってもらう前、いつも二人で背中あわせで戦ってたよね。
今日、それを思い出した。そしたらなんだか、懐かしくて。余計なこと考えてる場合じゃないんだけど、不思議と気持ちが高ぶってた」
「そりゃ、あっしだってそうでがすが」
「そうなの?」
こくこくとうなずくヤンガス。できるなら手を離してほしいとは言えず、豆を押さえている指に視線を落とす。
「…なんだ、考えてること一緒だったんだ。じゃあなおさら、問題ないね」
これからもよろしく、屈託のない笑みを浮かべながらいたわるように両手でヤンガスの手を包み込む。
耳まで真っ赤になっていることには全く気づいていないらしい。今が夜であることに、ヤンガスは心の底から感謝した。
そろそろ乾いたかな、再びコートのところに戻るエイト。
シミになってはいるが、大分見られる色になったコートをはおり、見張りにつく。
…ブーメランを渡したのは、あのコートが血で汚れるのが嫌だったから。
しかしどうやら、自分の想像している以上に、このリーダーは頑固らしい。
まだ感覚の残る手を振りながら、ヤンガスは嬉しさ半分、諦め半分で後姿を眺めていた。