パラレル注意


































ここはトロデーン中学。
ぶっちゃけどこにでもある、公立の中学校である。
なので多種多様な生徒が校内に存在する。


早朝、三年の一教室にて。
「おはよう、ヤンガス」
『いつもの一仕事』を終え、机に突っ伏しているヤンガスが険しい顔を上げると、彼の憧れの女神〜エイト〜が目の前にいた。
「はい、これ。バレンタインチョコ」
そう言われ渡されたのは、ヤンガスの掌よりもやや大きく、ピンク色の可愛い包装紙とリボンがかかっている箱だった。
(あ…あっしに?!)
「ああ…ありがとうでげす」
ぶっきらぼうに返すヤンガス。
「なんで部活引退したのにこんなにはええんでげす?」
「たまには朝練に付き合ってみようかなーって。じゃ」
(ここ暫く体動かしてないからだいぶなまってるなー)
エイトは荷物だけ置くと、爽やかに去っていった。
ヤンガスは、バレンタインチョコを、やっぱり険しい顔でじっと見、そそくさと鞄にしまった。


お昼。
エイトは、友人たちとおしゃべりに花を咲かせていた。
「ねえエイト、あなた、今年は誰かにチョコあげたの?」
「うん」
教室内から、どよめきが走る。
「ミーちゃんは?」
「私は特に本命はいないから、クラスの男子全員に。…って、エイトは誰にあげたの?!」
「…本命の人」
その発言に、皆が一斉にエイトの方を振り向いた。
『おい、本命って誰だよ』『お前か?』『違う。俺じゃない』ひそひそと聞こえる男子生徒の声。
「うーん、誰かしら」
首を捻るミーティア。
「ごめんね、これ以上はちょっと…。ゼシカは?今年もラグサットにあげるの?それともククール?」
「今年は、誰にもあげない事に決めたわ」
「ええーっ!!」
エイトとミーティアが、同時に驚いた。

その頃、早々に給食を平らげたヤンガスは、いつも通り一人、屋上で佇んでいた。
だから、残念ながらエイトの胸の内を知る事は出来なかった。


夕方。
トロ中のヤンキーたちが、川原でたむろしていた。
「今年は俺ら、ゲルダからチョコ貰えるのかな…」
「もし貰えなかったら俺、今年はチョコ無しだぜ」
むさ苦しい野郎共がだべっていると、
「ほら、あんたたち、バレンタインチョコだよ」
トロ中ヤンキーの頭で紅一点のゲルダが、鞄一杯のチョコレートと共に現れた。
「おおー!!」
野郎共から歓声が上がり、目が輝く。
「あたしがあげなけりゃ、今年も誰からも貰えないんだろ。有難く受け取りな」
「ありがとうごぜえやす、ゲルダ様」
(やれやれ、調子のいい連中だね)
ゲルダが首をすくめていると、
「遅くなったぜ」
ヤンガスが現れた。
「ほら、あんたにも」
「…ああ」
真っ赤な包装紙の、いかにもゲルダらしい色遣いの細長い箱が渡された。
ヤンガスはそれを鞄にしまうと、
「じゃあ、あっしはこれで」
「ちょっとあんた、貰う物貰いに来ただけかい?!」
呆れ返ったゲルダの声を背に、さっさと帰ってしまった。


ヤンガスは、帰った早々、2つの箱の包装紙を解き、箱を開けた。
エイトのは、細長いクッキーに、手で持つところを除いてチョコレートをかけ、更にチョコスプレーや砕いたアーモンドなどが塗してある、一言で言うと「○ッキー」のようなチョコレート菓子。
対してゲルダのは、砕いたコーンフレークやココナッツをチョコレートで固めたトリュフチョコ。
(二人とも、手作り…)
毎年仲間内に手作りチョコを配るゲルダはともかく、自分には高嶺の花で一生手が届かないと思っていたエイトが手作りチョコをくれたという事が、今でも信じられなかった。


時は過ぎ、ホワイトデーの一週間程前の、ある日の放課後。
「ゲルダ。ちょいと二人きりで相談してえ事があるんだが」
廊下で声をかけるヤンガス。
「なんだい、相談ってのは」
「いや…ここじゃちょっと話せねえ。一緒について来てくれ」
「ああ、分かったよ」
ヤンガスは、ゲルダを連れ立って校舎から出ていった。

その後ろ姿を、エイトは遠くから寂しそうに見つめていた。


校舎の裏まで来た二人。
「ところで相談ってえのはなんだい、ヤンガス」
ゲルダが話を切りだした。
「…菓子の作り方を教わりてえんだが」
「な、なんでまた急に?!」
「実はよ、…エイトから、バレンタインチョコを貰ったんだ」
柄にもなく照れながら話すヤンガス。
「それでよ、ホワイトデーにお返しがしてえんだが、あっしはそういうのは苦手でよ。ゲルダ、お前、料理上手いだろ。この間のチョコ、美味かったぜ」
エイトに嫉妬しつつも、料理の腕前を褒められまんざらでもない様子のゲルダ。
「そこでだゲルダ、お前を見込んで頼みがある。あっしにも簡単に作れる菓子の作り方、教えてくんねえか」
「なんであたしがあんたの恋のキューピットなんかしなきゃならないのさ。お断りだね。さっさと帰りな」
「頼む。お前しか頼む奴がいねえんだ」
今にも土下座しそうな勢いのヤンガスに、
「はあ…しょうがないねえ。分かったよ。教えてやるから顔をあげな」
ゲルダは渋々了承した。


それから数日後、ゲルダ宅。
「材料は、こっちで全部用意しといたよ。ああいう女の子チックなところに行くのは嫌だろうと思ってね」
「すまねえ、ゲルダ」
テーブルには、菓子作りの材料とラッピングの材料が置いてあった。
「クッキーに決めたよ。手順と焼き加減さえ間違えなければ、あんたでもそこそこ食える代物が出来る筈さ」
「で、手本は見せてくれるのかい?」
「あたしが出すのは口だけだ。後はてめえでなんとかしな。じゃあ、始めるよ」
ゲルダの、地獄の指南が幕を開けた。

「で、出来た…」
既にぐったりとしているヤンガス。
「うーん…初めてにしてはまあまあと言ったところか」
試食したゲルダが、彼女にしては甘々な評価を下す。
「じゃあ後は、綺麗にラッピングだね。…いやその前に、こいつにメッセージを書き込みな」
と言われ渡されたのは、小さなグリーティングカードと可愛い色のペンだった。
「げっ!あ、あっしはそう言うのは苦手…」
「つべこべ言わずにさっさと書きな。彼女をモノにしたいんだろ」

そしてなんやかやあって、ホワイトデーの準備が終わった。
「残ったクッキーはどうするつもりなんだい?」
「ゲルダが貰ってくれ。あっしにクッキーの作り方を教えてくれたお礼だ」
「あたし一人じゃ食べきれないよ。あんたも半分持って行きな」


ヤンガスが帰った後。
「はあ…あたしってば、なんでつまんないところでこう、お人好しなんだろ」
ゲルダは、残ったクッキーを一つつまんだ。
ちょっぴり涙の味がした。


そして更に数日後。
ホワイトデー当日早朝。
今日はいつもより早く『いつもの一仕事』を終え、一段落ついたヤンガスは、いつになく緊張していた。
(前日、わざとぶつかりその隙にメモを忍ばせたのだが、気付いてくれただろうか。もし気付いてくれなければ…他の奴らが先に来ちまったら…)

『ガラララ…』扉が開いた。
「おはよう…こんな朝早く、どうしたの?」
不思議そうな顔のエイト。
(どうやら読んでくれたらしい…)
エイトの顔を見、ほっとしたヤンガスは、
「これ…」
鞄から何かを取り出すと、彼女に放った。
エイトは、辛うじてそれを受け止めた。
掌にあるそれは…、青い包みの上部を巾着のように捻り、その部分に青いリボンがかけてあった。
「あの、これは…」
「受け取って欲しいでげす」
それだけ言うと、ヤンガスは机に突っ伏して寝入ってしまった。
「ありがとう」
エイトは、今しがた受け取った包みを鞄にしまい込んだ。


その日の昼。
「ねえ、今朝、一人だけ先に行っちゃって、一体どうしたの?」
「卒業前に、もう一度後輩たちの顔を見たかったから」
ゼシカの問いに答えるエイト。
バレンタインのお返しを貰った後、朝練の後輩たちを見舞ったので嘘ではない。
「そうよね…私たち、もうすぐ卒業なのよね…」
しんみりするミーティア。
「高校も別々だし、寂しくなるわね…」
それに同調するようにゼシカもしんみりした。


放課後。
誰もいなくなった教室で、エイトは今朝方貰った包みを開けた。
中には、少々不格好なクッキーと、小さな青色のグリーティングカード。
カードには、
“ずっと おまえだけを みていた”
とだけ、書かれていた。


その翌日。
「おっはよー、ヤンガス君」
「ったく誰だよ、るせーな。起こすんじゃ…あ、いや、おはようでがす」
気持ちよく寝ていたところを起こされ、ご機嫌斜めのヤンガス。
だが、相手がエイトと知り、機嫌を直す。
「はい、伝言」
エイトから渡されたのは、大学ノートの切れ端だった。
「いつでもいいから読んどいてねー。か・な・ら・ず・ネ!」
念押しした後、
「読んだ後は、適当に処分しといてー。じゃっ!」
と言い残し、友人たちの元へ行ってしまった。
ヤンガスは、四折りにされていたメモをもう一度折り、無造作にポケットにしまった。


そして昼。
給食を、いつもより更に早く食べ終えると、屋上へ上った。
朝、渡されたメモを読む為に。
ここは、誰にも邪魔されない自分だけの場所だから。

“ヤンガス君へ
 昨日は、ホワイトデーのクッキー、ありがとう。
 すっごく美味しかったよ!

 P.S.「私も、君だけを見ていた」から。
                         エイト♥ ”

(これは…伝言と言うよりはむしろ…)

「やあ!読んでくれた?」
「エイト、いつの間に?!」
吃驚するヤンガス。
「な、なんなんでげす、この内容は」
「書いてある通りだよー」
おどけたように言うエイト。
「私、ずうっと見てたんだから。他のみんなは気付かなかったみたいだけど」
「え…何をでげす」
「毎朝、誰も来ないうちにこっそり花瓶の水を取り替えたり机を綺麗に揃えたり剥がれたポスターを貼り直したり」
そう、それが、誰にも秘密の『いつもの一仕事』だった。
「ばれてたんでげすか?!」
顔が赤くなるヤンガス。
「たまたま、偶然。その日から、ヤンガス君の事が気になるようになったの」
ここまで話して、照れるエイト。
「誰もなんにも言わねえから、てっきりばれてねえもんだとばかり思ってたでがす」
「他人に色々言われるの苦手でしょ?ヤンガス君。だから、みんなには黙ってたの」
「…すまねえでがす」
「うん。…じゃ、私、もう行くから」
屋上の扉から消えていくエイトを見送り、やがてヤンガスも教室へと戻った。
心に、春風が吹いた。