「…また潰れたな」
「あんたが飲み勝負なんか仕掛けるからでしょ、大して強くないって知ってるくせに」
「ゼシカが付き合ってくれるならやめるんだけどな」
「お断りします」
「…それはいいからさ、ヤンガスどうにかしないと。ここで寝たら風邪引いちゃうよ」
「ま、いつものことだろ。エイト、頼んだ」
「やっぱり手伝ってくれないんだ」
「俺は飲み足りないからな。酒場にゼシカ一人残していくわけにもいかないだろ」
「私は問題ないですけど?」
「俺には問題なの。てなわけでエイトよろしく」
「…わかったよもう」

ヤンガスは酒に弱い。
食べる量は尋常ではないのでカモフラージュされていたのだが、実際、驚くほどに弱い。
それに気づいたククールはことあるごとにヤンガスに飲み勝負をしかけ、酔いつぶすことが多くなった。
勝負といってもものの十数分で決着がつき、ヤンガスはその場で寝こけてしまう。
重い身体を部屋までひきずっていくのはいつもエイトの役目だ。
ゼシカはともかく、ククールは手伝ってくれてもいい気がするのだが、なぜかいつも含み笑いをしながらエイトにその役割を押し付ける。
今日もまたその構図が動くことはなかった。
諦め半分にため息をつき、エイトはずりずりとヤンガスの身体をひきずる。
本当は肩を貸して歩いてもらいたいのだが、以前そうしたときにヤンガスの体重を支えきれずに怪我をする羽目になったのだ。
まったくもう。腕を掴んで歩きながら頬を膨らませる。
どうせ明日には、何も覚えちゃいないんだ。

ヤンガスを部屋に運び込み、一瞬だけ起こしてベッドに寝転がらせる。頭の帽子を取り、布団をかける。
すぐに大きないびきが聞こえてくる。疲れもたまっていたのだろう、寝たのを確認するとエイトは部屋を出ようとした。
しかし。
「…兄貴ぃ〜」
いきなり呼び止められ、エイトは振り返る。寝言なのだろうか、身体を起こしてはいない。
「あーにきーぃぃ…」
完全に酔っ払いのノリだ。間延びした声で何度もエイトに呼びかけてくる。あにきーぃ、そこにいるでがすかーぁ。
いるよ、投げやりに答えるとヤンガスはひとたび呼びかけをやめ、数回深呼吸をした後でまた話し始める。
「あっしはーぁぁ…あにきのことがーぁ…」

ぼふっ。
言いかけた言葉をさえぎるように、エイトはヤンガスの顔に枕を押し当てた。
むがーむがーと手を振り苦しがるヤンガス。なーにするでがすかーぁ…あにきーぃ…
「聞きたくない」
枕をはずし、ヤンガスを見る。真っ赤にほてった顔、閉じたままの目。
うわごとのように、また繰り返してくる。
そんなことーいわずにーぃぃ…あっしはー…あにきがー…
「…聞きたくないってば」
乱暴に、もう一度枕を押し当てる。何が起きたのかわからないのか、手をばたばたさせる。
エイトはそのまま部屋を飛び出す。ほどなくして、扉の向こうからいびきが聞こえてきた。
その声を確かめ、扉の前にへたりこむ。
…覚えてないくせに。明日になったら、何も覚えてないくせに。
僕は忘れないのに、酔いつぶれて告白された回数も、その言葉も、一切忘れていないのに。
苛立ちと切なさで顔がゆがむ。もう少しでこぼれそうになる涙を必死でこらえる。
お酒なんか大嫌いだ、あんな夢を見せてくれるお酒なんか、大嫌いだ。
首を振り、待機している二人のところへ戻る。
相変わらずだな、話しかけてきたククールの持っていたワインをひったくると、一気に飲み干した。


「まぁた酔いつぶれちまったでがすね…ちっとも記憶がねえや」
「運ぶの大変だったんだからね、少しは自重して欲しいよ」
「すまねぇです、兄貴…今度から気をつけるでがすよ」
「ククールに勝負挑まれても受けないでよ」
「そうでがすねぇ。…兄貴、機嫌悪いでがすか?」
「…別に」
ほら、やっぱり覚えてない。いらだつ気持ちを抑えるために、エイトはずかずかとヤンガスから離れ、先を急ぐ。
慌てて追いかけようとするヤンガスを、ククールが制した。
こっそりと耳打ちをする。
「…お前さ、実は覚えてるだろ」
「……ああ」
「なんで覚えてるって言わないんだ?喜ぶだろうに」
「…酒に酔わなきゃ言えないような根性なしに、兄貴の相手になる資格はねぇよ」
なさけねぇ、ほんと、なさけねぇ。苦々しくヤンガスがつぶやく。
ふぅん…まあ、その通りっちゃ、その通りだな。まあ、がんばれよ。とりあえず、ほら、追いかけろ。
ククールは呆れ半分の笑いを浮かべながら、ヤンガスの背中を押した。